「不協和音があるから楽しい」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20311 (写真入り記事)
クリスチャンになってから音楽に興味を持ちました。
神学校に入ってからピアノを習いました。
クラシックから始まりましたが、いろいろなジャンルの音楽に挑戦してみました。
神学生なのに、賛美歌たけではなく、歌謡曲などの弾き語りもしました。
ある日、「菅野さんはピアノ上手いですね」と言われましたが、賛美歌以外の歌を演奏をしていたので、「まずい!」と思ったものですが。
賛美歌には、数多くの名曲がありますが、演奏してみてると、日本の歌謡曲は、高度なコードが使われていますし、「作曲家の人はスゴイな!」と感動したものです。
なぜ、メジャーコードばかりではなく、マイナーやセブンスのコードがあるのか疑問に思いました。
特に、7度目の音を加える「セブンスコード」は不協和音です。
例えば、「C7」のコードを演奏していると、不協和音なので、早く次のコードに移りたくなります。
そして、次のコードである「F」に移った時に、不協和音のストレスから解放され、ホッとします。
これが、音楽の変化であり、楽しさであると気がつきました。
それからというもの、分数コード、デミニッシユ、オーギュメントをはじめ、JAZZのコードにもハマるようになりました。
音の微妙な変化が弾く人だけでなく、聴く人の耳を楽しませてくれるからです。
変化が刺激を与え、退屈にさせず、楽しませてくれるのは、音楽だけではなく、人生においても同じです。
人生には、喜怒哀楽があるからこそ退屈することがないし、いつも新鮮なのでと思います。
楽しいことを「楽しい!」と感じる心と、悲しいことを「悲しい!」と感じたり、喜びや怒りを感じる心は同じ部分なのです。
いつも楽しいことばかりではありません。悲しかったり、腹が立ったり、どうしようもなくつらいこともあります。
それらは、マイナーコードやセブンスコードのようなものです。
不協和音のようであり、できればない方が良い経験です。
しかし、それらがあるからこそ、問題が解決したり、願ったことが実現したり、上手く行った時にうれしさを感じるのです。
音楽に、いろいろな変化があることで、深みのある曲となるように、人生に、いろいろな変化があることで、人生に深みが増し加わり、楽しくなるのではないでしょうか。
だから、聖書が語るように、すべてのことを感謝できるのです。
今日も素敵な一日でありますように。
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