70年余の昔になりました。私も3歳の半ばでしたので、記憶にはございません。
戦後の食糧難の時代になると、シベリアへ抑留された兵士の家族の生活が大変さを
増していましたね。上の兄さんたちが、食べ物を持ってこいと言われて、サツマイモ
を蒸かしたものを持って行くと、一緒に遊んでくれたりしましたね。ひもじい思いを
していたのだと思います、そのご兄弟共に早く亡くなりましたね。やはり成長時期に
食べ物が不足すると、長生きできないのだなと推測。合掌。シベリア抑留は長く続き
ました。小学校を卒業の頃になり、やっと戻されました。戦争の犠牲になったロシア
の極寒の地で何年間も強制労働させられた軍人さんは気の毒でしたね。戦争はいけま
せん。これまで隣国同士仲良くしてきた、お隣の韓国も徴用工を巡る保証金問題が切
っ掛けで、慰安婦問題やら次々に、国同士のメンツもお互いに丁々発止。どこまで続く
ぬかるみぞ。終戦記念日の原点に立ち返り、和解してほしいね。お互いに立派な大人です。終戦の日に多くの戦死者の犠牲の上に現在の発展を感謝して、平和な世界の構築と
再び戦争をしない誓いを新たにしたいね。
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