実は、この北海道遠征を思い立った際、大まかな予定を立ててホテルの予約をしたのだが、札幌だけは何処も空きが無かった。
カプセルホテルですら、この時期、満室でどうにもならない。
勿論、ANAとか高級な、お高いホテルなら空いてはいたが予算が許さない。
なので、昨日はネカフェ。
自遊空間札幌駅前南口店に泊まった。
最近のネカフェは、完全個室のフラットルーム等もあり、カプセルホテル並。
ネットが使える分、カプセルホテルより良いかも知れない。
そんなネカフェの6時間コース、5時40分に起床。
今朝の札幌は曇り。
適当な所で朝食と思ってが、意外に店が無く、結局、松屋になった。
6時57分発「スーパーおおぞら1号」釧路行きに乗車。
座席は6号車8番D席。
指定も取っていたが、指定の乗車率が5割、自由席は3割と空いていたので、自由席に座った。
途中の乗客も無く、南千歳から石勝線に入る。
そして、室蘭本線と合流する追分に到着。
ここからいよいよ、人口希薄地帯。
駅が無いから、列車交換の為に信号所が続く。
信号所の、或いは駅のポイント毎にスノーセットが設置されている。
滝ノ下信号場の側にダム湖が見える。
そして、新夕張に到着。
元々、追分から夕張を結んでいた夕張線のうち、追分から新夕張駅手前までは夕張線を線形改良、路盤強化している。
そして、石勝線開業の際に夕張線は石勝線に編入された。
まさに、軒を貸して母屋を取られた形だ。
そして、新夕張から夕張までの路線は、今はもう無い。
新夕張から本格的に「北海道の背骨」と云われる日高山地を越える。
長大トンネルと信号所が続く。
「スーパーおおぞら1号」は占冠を通過する。
そしてまた、数多の信号所を通過しトマムに到着。
トンネルが連続する。
日高山地を貫き、十勝平野へと降りて行く。
新狩勝トンネルで根室本線と合流し、巨大なΩカーブで降りて行く。
十勝平野が眼下に広がる。
物凄い風景だ。
そして、新得に到着。
ここから、十勝平野を突っ走る。
天気も回復し、青空が見える。
帯広に近付くにつれ、段々と賑やかになって来る。
貨物線の則線が合流して来る。
高架を上がり、帯広に到着。
自由席は、余り降りないのに乗客は多かった。
指定席は結構降りたが、余り乗車しなかった。
なので、自由席が込み合ったから、元の指定席4号車9番A席に戻った。
帯広を出て、金刀平神社が見える。
幕別を通過し、十勝平野を育む母なる大河、十勝川を渡る。
そして、利別川を渡ると池田。
今は車内販売も廃止されたから、名物のバナナカステラも売りに来ない。
新吉野、浦幌を過ぎた辺りから、また空が雲って来た。
線形が悪くなり、速度が落ちる。
厚内を過ぎ人家がまばらになる。
海沿いを走るが、激しい波がテトラポットを襲う。
そしてまた、内陸を走る。
しかし、幾ら人口希薄地帯とは云え、駅の銘板まで無くなっているのは如何なものだろう。
音別から再び海沿いを走る。荒れ狂う波が襲って海岸の砂浜を削る。
そしてまた、海を離れ、湿地帯を横切る。
古瀬からは山の中を走る。
そうして、白糠の町が見えて来る。
そこからは、釧路まで町が一体化している。
「アルプスの牧場」が鳴り、釧路に到着。
時間は11時で、若干の遅れが出た。
次の列車は11時6分の「釧路湿原ノロッコ2号」
此方は自由席も満席だったから、指定席に座る。
恐らくそうだろうと、指定席を取っておいた。
3号車4番A席で「釧路湿原ノロッコ」に乗るのも24年振り。
当時は釧路湿原で下車したが、今回は塘路まで行く。
しかし、当時はオープンデッキの、貨車改造のトロッコだったように記憶している。
今は50系を改造した、510系客車が仕様されている。
自由席は元車と同じボックスシートだが、指定席は木製のベンチにテーブルが用意されている。
そして、6人ボックス席と2人席となっている。
東釧路で根室本線と別れて釧網本線へと入る。
もう、直ぐに釧路湿原だ。
釧路湿原は日本最大の湿原。
その中を、釧路川が蛇行しながら流れており、釧網本線は基本的に釧路川に沿って走っている。
その釧路川と新釧路川との分岐点にある岩保木水門の説明が入る。
ノロッコ号はその名の通り、ゆっくりと走る。
湿原には貴重な動植物が多数、生息している。
時折、エゾシカを見掛けるが、なかなか撮影までへ難しい。
釧路湿原駅で乗降がある。
ここは細岡展望台があり、人気が高い。
列車はゆっくりと釧路湿原を進む。
そして、11時54分、ようやく塘路に到着した。
普通列車でも30分の道程を倍近い50分も掛かるのだから、その名に恥じない。
駅前は、ノロッコ号が到着した時だけ、お祭りの様な騒ぎだ。
先ずは、ノロッコ号の撮影を行う。
会社から電話が入り、気が重くなる。
駅前ではカヌーの案内など観光の案内が多数ある。
私は、釧路湿原最大の湖である塘路湖を眺めながら「サルボ展望台」へ向かう事にした。
次の列車は14時44分の網走行きだから、余裕はある。
塘路湖は、海の後退した事により出来た海跡湖であり、釧路湿原が遠い昔、海だった名残である。
塘路湖の湖畔の道は、国道391号線で、割と交通量が多い。
その横に釧網本線が走り、更に釧網本線の隣にもエオルト沼と云う湖沼が広がっている。
展望台の入口の山道まで来たが、立入禁止になって柵がされていた。
サルルン展望台まで歩くには遠すぎる。
仕方が無いから塘路駅に戻る。
駅前には誰も居らず、ノロッコ号が到着した時の喧騒が嘘の様だ。
丁度、13時1分発の快速「しれとこ摩周」が到着したから、一度、釧路に戻る事にした。
車内は割と混んでいたが、何とか座る事が出来た。
外国人観光客が、荷物置き場の様にデカいカート2台を座席に置いているのも一因だ。
そのカート以上に巨漢のアメリカ人っぽい二人組だった。
先程とは逆側の席なので、また違った釧路湿原の風景が楽しめる。
釧路湿原からも多数の乗車がある。
東釧路で根室行きの列車と接続し、13時33分、釧路着。
今日の最終ランナー、釧路発14時14分の網走行きまでは時間があるから駅ナカの土産物屋等を見て過ごす。
特に何も買わない。
次の網走行きも結構な乗車率。
外国人観光客も多い。
一輛きりの編成だから、大変である。
しかし、座席に座って仕舞えば、集団見合式の簡易リクライニングシートだから快適。
網走までは約3時間の旅。
釧網本線は、釧路湿原の東側の端に引かれているから、釧路からだと進行方向左側に座る方が景色は良い。
ただし、塘路湖やシラルトロ沼など大きな湖沼は右側になる。
また、網走側ではオホーツク海沿いに走る。
海側は右側になる。
しかし、濤沸湖は左側となる。
私は、左側の進行方向向きの座席に座る事が出来た。
14時14分、網走行きが発車する。
ノロッコ号で見た景色を、普通の速度で走る。
塘路から先は、98年2月に訪れた時以来、21年振り。
当時は、夜行の「おおぞら」で釧路に着き、名物の朝市に寄り魚などを購入。
網走行きの普通列車に乗り、ボックスシートのテーブルで切り身を捌き呑み鉄をした。
今回は駅弁すら買っていない。
塘路を出てエオルト沼や塘路湖を眺める。
更にポントー、サルルントーと云った小さな湖沼群を眺める。
続いて、シラルトロ沼が右手側に現れる。
観光客の目線が一気に右側へ向く。
そして、茅沼に到着。
茅沼を過ぎて暫く走ると、段々と風景が拓けて来る。
いよいよ、釧路湿原に別れを告げ、標茶に到着。
ここはかつて、根室標津、厚床へと結ぶ標津線との分岐駅であった。
この辺りの中心地でもあり、割と乗降がある。
ここからは、オホーツク海側に出る為の山越え区間になる。
弟子屈を「摩周」に改めた摩周駅でも、かなりの下車がある。
云わずと知れた摩周湖、屈斜路湖への玄関であり弟子屈温泉が沸いている観光地である。
釧路川はこの屈斜路湖を源にしている。
段々と山越えの雰囲気が出て来る。
美留和を過ぎても鬱蒼とした山越え。
そして、川湯温泉ではかなりの下車。
鬱蒼とした山が続くが、既に下り勾配であり、ようやく拓けて来たら、緑。
ここからは、斜里川に沿ってオホーツク海を目指す。
清里町で釧路行きと列車交換。
斜里の町を進む。
その中心地、知床斜里でもかなりの乗降があった。
丁度、私の反対側の座席が空いたから、引っ越しした。
ここから網走までは、オホーツク海に沿って走る。
オホーツク海は、今朝見た太平洋とは違って、穏やかな波である。
98年に乗車した際には、流氷を眺める事が出来た。
浜小清水でも釧路行きと列車交換。
此方はキハ54とキハ40の2輛編成であった。
浜小清水からは、右側がオホーツク海、左側には濤沸湖が広がる。
濤沸湖は砂州によりオホーツク海から切り離された潟湖で、砂州には小清水原生花園が広がる。
釧網本線は、その砂州を走るから、場所によっては右にオホーツク海、左に濤沸湖と云う風景を楽しめる。
濤沸湖とオホーツク海を切り離した砂州の、唯一の切れ目を渡ると北浜に到着する。
関西人からすると、気になる駅名ではあるが、此方の北浜は「オホーツク海に一番近い駅」を謳い、色々な映画のロケ地になった事から観光地として有名になっている。
いよいよ、網走の市街地に入り17時17分、網走に到着。
25分発車の特急「オホーツク」を見送り、下車した。
今日の宿は、駅前5分の北海ホテル。
東横インもあったが、それより安い値段で二食付きだったから、此方にした。
このホテル、良い意味でも悪い意味でも昭和レトロ。
昔のゴレンジャー等の戦隊物の地方ロケや、或いは小中校の修学旅行で出て来る様なホテルと云うべきか。
荷物を置いて、市内を少し歩いてみた。
「フードマスターベーシック橋北店」にて買い物。
ホテルに戻り、晩飯。
矢張り、何となく修学旅行っぽい感じ。
或いは、民宿と云うべきか。
久し振りに生ビールとお銚子を呑んで満腹。
ただ、網走で食事付きにしたのは正解だった。
駅近くに食べる所が殆ど無かった。
「網走ビール館」なるものには興味を引かれたが、流石に一人焼肉はとも思った。
まあ、一人乗り鉄には、悪くない宿ではあった。
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