森町天宮神社と小國神社に伝わる「十二段舞楽」は表題のように国指定無形文化財です。
町民だよりに特集記事を、かいつまんで転記致します。
連綿と受け継ぐ古代の舞楽〜千年以上前から伝わる伝統舞楽の相対性を知る。
春の訪れとともn小國・天宮両社の例祭に、國指定の重要無形民俗文化財の
十二段舞楽が厳かに奉奏されました。その舞楽が一対であることを紹介します。
舞楽の伝承
森町には三つの舞楽が伝承されています。小國・天宮の両社の舞楽は、山名
神社の祇園祭の舞物とは演目内容ともに異なり、ニ所(左舞・右舞)一体の意味
をもって、奉じられてきました。天文十二年(1543年)の今川家文書に「金
胎両部之一社天宮事」とあり、これは仏教における一宮金剛界(小國)、胎蔵界
(天宮)の相対性を持った神社であることがわかります。近世」までは円田粟倉
在住の鈴木太郎左衛門左近家が両社の指南を勤めていましたが、明治以降は両社
それぞれの伝承者によって伝えられてきました。森市場(一宮市場)の北に続く
天宮郷も近世来町場であり、商家や名主層の経済基盤もあって明治・大正・昭和
・平成と受け継がれてきました。
二社一体の関係
本来舞楽は、左方と右方を演目や楽人で区別しますが、当地では小國を左舞、天
宮を右舞と位置づけ、装束を赤・青に分けて左右一対としたり、両社の同一演目
であっても装束の色を変えることによって左右を意識させています。小國は赤の
衣裳を主とし早いテンポで男性的に舞い、天宮は青の衣裳でゆったりしたテンポで
優雅に舞うなどの違いを持ち、ニ所一体の関係が成立しています。
こうしたことからも、小國は男神、天宮は女神を鎮祭する一対の関係にあり、左右
の舞楽があって万物の交わりが成就され、遠江国中が安泰であり、諸産業が豊穣で
子孫がめでたく繁栄するとしたのです。
左右一対の舞の手と書道具 小国 天宮
装束 陵王 納蘇利(ナソリ) 赤色黄椴 萌黄色(青)
面 安摩(アンマ)獅子 額図柄黒 額図柄白
所作 太平楽 納蘇利 鉾 天突 鉾 地突
舞楽演目と装束の色
演目番号 演目名 小国神社 天宮神社
番外 花の舞 有り なし
一 延舞(エンブ) 赤 赤
二 色香(シキコウ)
三 庭小蝶(テイコチョウ)赤青 赤青
四 鳥 赤青 赤青
五 太平楽 赤青 赤青
六 新まく 新まか
七 安 摩(アンマ)
八 二の舞 二之舞
九 龍王 赤 陵 王
十 抜頭(バットウ) 青
十一 納蘇利(ナソリ) 赤 納曽利
十二 獅子 赤 青
さて、写真の説明です。左側に2枚ずつ対になっています。左側が小国神社で
右側が天宮神社です。上から順に太平楽、安摩、陵王、納蘇利、獅子の写真です。
最初の太平楽です。4人が舞います。太刀と呼ばれる四人が鳥兜(トリカブト)という
かぶりものを被り、鉾と太刀を持って踊ります。
安摩
本来、この曲には一人舞と二人舞がありますが、当地では一人で舞います。両社で
は面の配色が、一部逆になっています。神面という紙で作った面を付けて舞う一人舞。
楽は太鼓と鉦鼓だけで、唱歌を唱えながら舞い、二の舞に「スッポリ」を当てられて
楽屋に入ります。
陵王
恐ろしい形相の面をつけてサンジョウを持って舞います。当地では龍王とも称し、農
を司る竜神信仰の意味をもちます。天宮では青の金爛の袷を着用します。両社共通の
舞。前傾姿勢で後ずさりする姿は、「春日権現霊験記」に見られる陵王の姿そのもの
で、当時の舞が当社の舞によく残されていることは貴重であります。
納曽利
龍の舞う様を表した活発な走り舞いで、動作は大きく力強い。曲は中央舞楽の納曽利に
類似した部分もあります。天宮では、地に伏す所作を多く用います。陵王との番舞とさ
れ紺青色の吊り顎面を付けて舞います、曲は序と急からなり,急(後半部)は舞・曲共に
華麗さを増します。小國では、天を仰ぐ所作を多く用います。
獅子
貴徳面をつけた獅子伏せが、鼻紙を投げ捨てる場面があり、この鼻紙を拾うと風邪除け
のお守りになると言われます。十二段最後の舞で、天地八方を鎮めることを目的としています。繻子伏せが暴れる獅子を伏せ鎮める舞です。舞台の提灯を獅子が噛んで落とす場面は観衆の見どころの一つです。
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