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2019年03月08日16:21

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赦されるべき殺人者

天皇即位、秋に恩赦へ 26年ぶり
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190309-00000002-asahi-soci
政府は、皇太子さまの即位に伴う今秋の「即位礼正殿の儀」に合わせて
恩赦を実施する方針を固めた。皇室の慶弔事に伴う恩赦は1993年の
皇太子さまと雅子さまのご結婚以来、26年ぶり。


ぜひとも救済していただきたい死刑囚が何人かいます。


【宮崎家族3人殺害事件】
2010年3月1日の早朝5時頃、奥本は宮崎市の自宅で生後5カ月の長男を
浴槽の水に沈めて溺死させ、妻(当時24)と義母(同50)をハンマーで撲殺。
そして日中はいつも通り会社に出勤して働き、夜9時頃、自宅近くにある
会社の資機材置き場で長男の遺体を土中に埋め、第一発見者を装って
警察に通報したが、犯行はすぐに露呈し、逮捕。

彼が殺人に至った経緯には同情し得る面があります。
同居の義母がかなりの暴君で、奥本が結婚を機に自衛隊をやめたことなどで
奥本をいびりつづけたそう。(忍耐強い性格の奥本はひたすら我慢し続けた)
義母との衝突を避けるため、当時は会社が終わっても車の中で過ごし、
帰宅時間は夜の10時、11時になるという生活に陥り、土木作業員は朝が早い
にも拘わらず睡眠時間を削られた奥本は心身ともに疲弊していった。
ある日長男の初節句をどこでやるかをめぐり義母が実家の両親と対立。
感情が高ぶった義母は、奥本の頭を何度も殴りつけて、
「部落に帰れ。これだから部落の人間は」
「離婚したければ離婚しなさい。慰謝料ガッツリ取ってやる」
と奥本を罵倒、奥本はとうとう緊張の糸が切れ、殺害に至った。

裁判中に支援者らが集めた減刑の嘆願書は6,000筆を超え、被害者家族である
母(奥本の義母)の性格や日頃の言動を当然よく知っている義弟は、
「母のほうが悪かった部分については、自分のほうから奥本に謝りたいぐらい」
と最高裁に「裁判のやり直し」を求める上申書を提出している。

参考:https://tocana.jp/2015/04/post_6301_entry.html



【長野一家殺害事件】
長野市のリフォーム会社の社員だった伊藤は10年3月24日、
仕事を通じて知り合った松原智浩(45)や池田薫(40)、斎田秀樹(57)と共謀し、
勤務先の経営者・北村博史(仮名、享年62)とその長男・礼司(仮名、同30)、
礼司の内妻・香田葉子(仮名、同26)をいずれもロープで首を絞めて殺害。
現金約 416万円を奪うと、3 人の遺体をトラックで愛知県西尾市の資材置き場に運び、
土中に埋めて遺棄した

というのが表向きですが、実際は・・・・
大阪の風俗店で働いていた伊藤が真山文剛(仮名)という暴力団組員の男に
因縁をつけられて暴行され、家の合鍵を取り上げられたのは05年の夏。
伊藤は真山に言われるままに養子縁組をして姓を変え、消費者金融で
借金させられたり、仕事で得た金を取り上げられるように。
この間、ビールジョッキで頭を殴られたり、包丁で足を刺されるなどの
激しい暴行も受けていた。
その後北村親子に出会い、北村の営む高利貸し業を手伝わされるようになるが、
08年の夏、真山を疎ましく思っていた北村の長男が真山を拳銃で撃ち殺す。
北村は遺体遺棄を手伝わされ、その後監視カメラの元過酷な環境で働くようになる。
(事件発生までの4年間、1日睡眠3,4時間で、暴力も受けていた)
逃げることも考えたが、北村親子は警察と懇意にしており、警察も頼れないため、
次第にこの状況から逃れるためには相手を殺すしかないと考えるようになり、
同じ軟禁被害者と、被害者親子を含む3名を殺害。
言いだしっぺ(主犯)だった伊藤は死刑を言い渡された。

参考:https://tocana.jp/2016/10/post_11145_entry.html


「人を殺めるのはいけないこと」、これは基本形。
でももしその事件の裏に暴力や恐怖支配があり、
結果犯人が追い詰められて殺人を犯した場合、
それなりの酌量があってもいいんじゃないかと思うのです。
もし法を曲げて彼らを減刑することが不可能なのであれば、
そのための恩赦ですから、ぜひとも彼らを救済してあげてください。
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