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2018年12月17日07:21

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偽装心中と殺人罪

偽装心中と殺人罪 曽根崎心中と昭和33年最高裁判決
                     弁護士 岡本 哲
以前『ロミオとジュリエット』の未成年略取の問題を扱ったが、今回は、(ネタバレになるが)心中関連である。筆者は大阪修習で平成4年まで大阪で弁護士をしており、曽根崎署の前からお初天神の前をとおって通勤していた。『曽根崎心中』の舞台に近かったわけである。『曽根崎心中』(旧字曾根崎心中、そねざきしんぢゅう)は、世話物浄瑠璃(江戸時代における現代劇浄瑠璃)。一段。近松門左衛門作。1703年(元禄16年)竹本座初演の人形浄瑠璃・文楽であり、のちに歌舞伎の演目にもなった、相愛の若い男女の心中(同時あるいは近接時での双方の自殺)の物語である。 心中をたたえる側面があり、いろいろと問題視された。
最期の段は「此の世のなごり。夜もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜」で始まる道行である。最後は「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」と結ばる。お初と徳兵衛は、命がけで恋を全うした美しい人間として描かれている。
元禄16年4月7日(1703年5月22日)早朝に大坂堂島新地天満屋の女郎「はつ(本名妙、21歳)」と内本町醤油商平野屋の手代である「徳兵衛(25歳)」が西成郡曾根崎村の露天神の森で情死した事件を題材にしている。この事件以降、露天神社はお初天神とも呼ばれる事が多くなった。
あらすじは以下のとおりで、家制度が崩壊したうえ基本的人権の感覚がある現代人が読むと理不尽きわまりない。
お初は、醤油屋の手代・徳兵衛と最後の観音巡礼の地「生玉の社」で偶然の再会をする。二人は巡礼以前から恋し合う仲であった。巡礼中に便りのなかったことを責めるお初に、会えない間に自分は大変な目にあったのだと徳兵衛は語る。徳兵衛は、実の叔父の家で丁稚奉公をしてきたが、誠実に働くことから信頼を得て娘(徳兵衛には従妹)と結婚させて店を持たせようとの話が出てきた。徳兵衛はお初がいるからと断ったが、徳兵衛が知らないうちに叔父が勝手に話を進め、徳兵衛の継母相手に結納金を入れるところまで済ませてしまう。なおも結婚を固辞する徳兵衛にとうとう叔父は怒りだし、勘当を言い渡した。その中身は商売などさせない、大阪から出て行け、付け払いで買った服の代金を7日以内に返せというものであった。徳兵衛はやっとのことで継母から結納金を取り返すが、それを叔父に返済する段になって、どうしても金が要るという友人・九平次から3日限りの約束でその金を貸してしまった。

と、徳兵衛が語り終えたところに九平次が登場。同時に、お初は喧嘩に巻き込まれるのを恐れた客によって表に連れ出される。

徳兵衛は、九平次に返済を迫る。が、九平次は証文まであるものを「借金などは知らぬ」と逆に徳兵衛を公衆の面前で詐欺師呼ばわりしたうえ散々に殴りつけ、面目を失わせる。兄弟と呼べるほどに信じていた男の手酷い裏切りであったが、結納金の横領がないことを、死んで身の潔白を証明する以外の手段を徳兵衛は最早思いつかなかった。そこで、徳兵衛は覚悟を決め、日も暮れてのち密かにお初のもとを訪れる。

お初は、他の人に見つかっては大変と徳兵衛を縁の下に隠す。そこへ九平次が客としてお初のもとを訪れるが、お初に素気無くされ徳兵衛の悪口をいいつつ帰る。徳兵衛は縁の下で九平次がお初にしたり顔で語る騙し取った金の話に怒りに身を震わせつつ、縁の下から出てきた時にお初に死ぬ覚悟を伝える。やがて真夜中。お初と徳兵衛は手を取り合い、曽根崎の露天神の森、冥途への旅の始まりとなるところへ、あたりに気取られないよう道を行く(道行文)。互いを連理の松の木に縛り覚悟を確かめ合うが、最期に及んで徳兵衛は愛するお初の命をわが手で奪うことに躊躇する。それをお初は「はやく、はやく」と励まして、遂に短刀でお初の命を奪い、終に返す刃で自らも命を絶った。

かくして現世で悲恋に満ちた最期をとげた二人の死を、「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」と来世でのかたい契りとして結末と成る。

歌舞伎では徳兵衛の叔父が帰らない徳兵衛を探して天満屋を尋ねてくる場面と、お初と徳兵衛が天満屋を抜け出した後に油屋の手代が天満屋を訪れ、それによって九平次が徳兵衛の金をだまし取ったことが露見する場面が追加されている。

 継母と叔父を裏切って逃走すればよかろうに、とは現代の考え方であり、残された身内のことを考えると心中するしかなかったのであろう。

 今回とりあげる最高裁の判例(注1)は、これよりはかなり薄汚い事件である。大学の有志の刑法の勉強会では筆者は被害者に同情的で殺人罪であったが、美しい女学生1人は筆者の見解に同意してくれたが(のちに大阪弁護士会の副会長になる)、どうも少数派であった。まわりは男性ばかりであったが(当時の京大法学部の男女比は9対1)、だます男のほうに感情移入していたようである。
 被告人Xは、昭和28年9月ごろから料理屋の接客婦である被害者A(22歳 ちなみにお初は21歳)となじみとなり、遊興を重ねるうち、夫婦約束までしたが、多額の借財を負い、両親から交際を反対されたことから、昭和30年5月23日に別れ話をもちかけたが、Aはこれに応じず心中をもちかけた。26日には気が変わり心中する気はなくなったが26日午後3時ごろAをつれて山中にいき、Aが自己を熱愛し追死してくれるものと信じているのを奇貨とし、真実は追死する意思のないのに追死するごとくよそおい、青酸化ソーダ致死量をAに飲ませて、青酸化ソーダ中毒により死亡させた。
 刑法には、殺人罪(刑法199条)(法定刑は3年以上の有期懲役・無期懲役・死刑のいずれか)のほかに同意殺人罪(202条)(法定刑は懲役6ヶ月以上7年以下の懲役)があり、本件は殺人ではなく、同意殺人ではないかと弁護人は争った。昭和30年の1審和歌山地裁は殺人罪により懲役8年(業務上横領罪との併科)とし、第2審大阪高裁もこれを認めたので、弁護人が上告した。平成33年最高裁判決は上告を棄却した。
 真意に沿わない重大な瑕疵があるとして同意なき殺人罪を認めたわけである。
 刑法202条について責任減少のみなのか違法・責任減少なのかという争いがあり、自殺違法の立場からは責任減少説になりやすい。となると昭和33年判決の立場になりやすくなる。生命の処分権をある程度認めたうえで、錯誤は動機の錯誤にすぎない、あるいは法益については錯誤はないから自殺関与罪を認めるべきという説も有力である。さらに被害者の行為を利用した間接正犯ではないかという疑問が本件判決後生じている。
 判例百選の佐伯教授の解説では昭和33年判決に疑問を呈するほうが多数とされている。しかし、殺人事件は重大事件として必ず裁判員裁判になるものであって、学者の見解はともかく一般的見解としては判例支持になるのではなかろうか。世の中もてない人間の方が多数なのである。

注1  殺人業務上横領被告事件
昭和33年11月21日
【判示事項】 1、被害者の意思の瑕疵と刑法第202条の嘱託、承諾
       2、偽装心中は殺人罪にあたるか
【判決要旨】 1、被害者の意思が自由な真意に基かない場合は刑法第202条にいう被殺者の嘱託または承諾としては認められない。
       2、自己に追死の意思がないに拘らず被害者を殺害せんがため、これを欺罔し追死を誤信させて自殺させた所為は、通常の殺人罪に該当する。
刑集12巻15号3519頁
       主   文
 本件上告を棄却する。
       理   由
 弁護人田村堅三、同西風静子の上告趣意について。
 所論第一点は憲法三八条三項違反を主張するけれども所論は原審で主張判断のない事項に関するものであつて適法な上告理由とならないのみならず、第一審判決挙示の証拠は所論被告人の自白を補強するに足りると認め得られるから論旨はその前提を欠き採用できない。
 同第二点は判例違反を主張するのであるが、所論掲記の大審院判決(昭和八年(れ)第一二七号同年四月一九日言渡、集一二巻四七一頁)の要旨は「詐言ヲ以テ被害者ヲ錯誤ニ陥ラシメ之ヲテ自殺スルノ意思ナク自ラ頸部ヲ縊リ一時仮死状態ト為ルモ再ヒ蘇生セシメラルヘシト誤信セシメ自ラ其ノ頸部ヲ縊リテ死亡スルニ至ラシメタルトキハ殺人罪ヲ構成ス」というのであり、又次の大審院判決(昭和九年(れ)第七五七号同年八月二七日言渡、集一三巻一〇八六頁)の要旨は「自殺ノ何タルカヲ理解スルノ能力ナキ幼児ハ自己ヲ殺害スルコトヲ嘱託シ又ハ殺害ヲ承諾スルノ能力ナキモノトス」というのであつて、原判決はこれらを本件被害者の「心中の決意実行は正常な自由意思によるものではなく、全く被告人の欺罔に基くものであり、被告人は同女の命を断つ手段としてかかる方法をとつたに過ぎない」から「被告人には心中する意思がないのにこれある如く装い、その結果同女をして被告人が追死してくれるものと誤信したことに因り心中を決意せしめ、被告人がこれに青化ソーダを与えて嚥下せしめ同女を死亡せしめた」被告人の所為は殺人罪に当り単に自殺関与罪に過ぎないものてはない、という判示に参照として引用したものである。してみれば、原判決の意図するところは、被害者の意思に重大な瑕疵がある場合においては、それが被害者の能力に関するものであると、はたまた犯人の欺罔による錯誤に基くものであるとを問わず、要するに被害者の自由な真意に基かない場合は刑法二〇二条にいう被殺者の嘱託承諾としては認め得られないとの見解の下に、本件被告人の所為を殺人罪に問擬するに当り如上判例を参照として掲記したものというべく、そしてこの点に関する原判断は正当であつて、何ら判例に違反する判断あるものということはできない。所論はまた前記大審院判例の事案は真実自殺する意思なきものの自殺行為を利用して殺害した場合であるに対し、本件被害者は死を認識決意していたものであり錯誤は単に動機縁由に関するものにすぎないが故に判例違反の違法があるというが、その主張は事実誤認を前提とするか独自の見解の下に原判示を曲解した論難というべきであつて採用できない。(なお所論高裁判例は正に本件と趣旨を同じくするものであり、所論は事実誤認を前提とするもので採用できない。)
 同第三点は、本件被害者は自己の死そのものにつき誤認はなく、それを認識承諾していたものであるが故に刑法上有効な承諾あるものというべく、本件被告人の所為を殺人罪に問擬した原判決は法律の解釈を誤つた違法があると主張するのであるが、本件被害者は被告人の欺罔の結果被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである。そしてこのように被告人に追死の意思がないに拘らず被害者を欺罔し被告人の追死を誤信させて自殺させた被告入の所為は通常の殺人罪に該当するものというべく、原判示は正当であつて所論は理由がない。
 よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
  昭和三三年一一月二一日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

別冊Jurist 221 2014年8月『刑法判例百選�供ヽ届澄畋茖携如曄拌茖瓜�件 佐伯仁志
西田典之著・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』2018年16頁以下


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