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2018年08月20日11:55

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板橋散歩オフ

昨日は東京再発見の板橋を歩くオフに参加してきました。
今回は中板橋駅からスタートし、まずは駅前の「パン屋NEEDS」の紹介を聞いてから石神井川の中根橋に向かいました。
中板橋という駅名は、「上板橋宿」と「下板橋宿」の中間にあるため「中板橋」と命名したことに由来するそうで、元々宿場町があった上板橋や下板橋と異なり、村などは存在しなかったそうです。
中根橋の名称も同じで、現在の双葉町付近の旧称「根村」に上中下を冠したものだそうです。中根橋のそばには珈琲豆専門店「水工社 自家焙煎珈琲」がありました。
その後は石神井川沿いを上流方向に進み、根村橋、新西原橋を見てから、スーパーよしや本店、タイレストラン・ビエンチャン、ラーメン頂、団子の大和屋などを見ました。
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根村橋は大正〜昭和初期の震災復興の橋のような凝ったデザインでしたが、そこまで歴史のある橋ではなく、その当時のような雰囲気を模したものだそうです。
次いで、ちゃんこ江戸の海、1ルームコーヒーを見て延命子育地蔵のある福泉寺に行きました。
福泉寺は元々は坂戸市にあった寺ですが、昭和17年(1942年)に現在地に移転してきたとのことで、移転してくる前はこの付近に「遊泉園」というプールがあったとのことです。中板橋駅は、このプールのための臨時駅として誕生し、後に正式な駅に格上げされるも、都市化に伴う急速な水質悪化でプールは短期間で廃止されたとのことです。
その後は歩道のみの橋である中板橋を渡って、ポテトチップス「わさビーフ」などで知られる山芳製菓本社、石神井川沿いの水神宮を見ました。この付近が北耕地川(稲付川)との分岐点であることなどから創建されたとのことですが、遊泉園のプール解体時に一緒に解体されて水神宮は打ち捨てられてしまっていたそうですが、後に打ち捨てられていたものを引き上げて現在地にきちんと祀り直したとのことです。
その後は東武東上線の線路を越えて、間々下橋、下頭橋と進みました。
間々下橋は崖線の下という意味で、下頭橋の名称は由来に諸説あるそうですが、ここで乞食をして頭を下げながら旅人から金をもらって貯めていた六蔵という人物が遺した金で立派な石橋ができたという説に基づく「下頭橋六蔵菩薩」があり、ここには地蔵があるほか以前の親柱も保存されていました。
下頭橋を見終えた後は、手製本工房まるみず組の前を通過して旧川越街道の下頭橋通りを通って、環七通りと川越街道(国道254号線)の交差点である板橋中央陸橋に面した長命寺に立ち寄りました。
その後は常盤台の馬頭観音や庚申塔を見ましたが、やはり旧街道沿いということもありこのようなものが多数あり、個人宅内に置かれたものもありました。
そして、ラーメン龍神、カフェノタリを通過して常盤台天祖神社に行きました。神社周辺は住宅街ですが、昔の参道にあったと思われる大木を切らずに残してある場所もあったほか、神社内も緑が多く、元々そんなに暑くなかったこともあって快適でした。
境内には空襲で被弾した狛犬が今もあり、戦争の悲惨さを現在に伝えています。また、常盤台の地名はこの天祖神社の常盤松の木に由来するとのことです。
ここでコンビニに寄るなど休憩した後に、馬頭観音、平安地蔵、妙光寺を見ました。平安地蔵は空襲被災者の慰霊で建立されたもので、大人と子供を表す大小2体の地蔵です。
その後は洋菓子店フレンチパウンドハウスで買い食いタイムとなりました。全体に値段は安くありませんが、比較的手頃な価格だった「ハートな苺・ダックワーズ」を買って食べました。苺の味がなかなか濃厚で美味しかっただけに、9月1日に誕生日を迎える苺が○○そうな篠田麻里子とMay J.を合わせたみたいな人にプレゼント(以下略)
その後は東武東上線の小さな踏切を渡って線路の北側に出て、そば店の舟蕎山を見てからときわ台駅前に出ました。
常盤台という街は昭和初期に高級住宅街として開発された場所で、駅もそれに合わせて開設されました。開業当初は「武蔵常盤」という駅名で、同じく昭和初期に同じような経緯で誕生した街である田園調布と比較されることも多いですが、東武の駅にしては珍しく洒落た外観の駅舎です。
駅舎には開業から現在までの歴史を紹介するパネルも設置されています。現在は城北交通公園に保存されている小型のSLは、かつてときわ台駅のロータリーに保存されていたものですが、それについての解説や写っている写真などはこのパネル内にはありませんでした。
その後は駅前交番の前にある「誠の碑」を見ました。これは、踏切に侵入して自殺しようとした人を制止して救出するも自らが電車に轢かれて殉職してしまった宮本邦彦警部の慰霊と顕彰で建てられた碑です。
ときわ台駅を出発してからは、ラ・ノブティックパティスリー、キッチンときわ、肉そばの麺屋宗、日本書道美術館などを見てから常盤台住宅地に進みました。
住宅地で最初に立ち寄った帝都幼稚園はかなり年季が入った建物ですが、町が誕生した当初からのものが今も残る数少ない貴重な建物です。幼稚園を運営する帝都学園は元々は高等女学校だったそうですが火災で焼失して高校は廃止になり、跡地は区立常盤台小学校になっています。その後、残った建物を現在地に移築して幼稚園として再出発したそうです。
特徴的な門は後年に寄贈されたものとのことですが、昔ながらの建物とマッチして美しいです。また、建物が古いし室外機が見当たらないだけに、この幼稚園は今時エアコンがないのではと心配する声もありましたが、道路に面していない側にきちんと室外機が置いてありました。やはりこういう建物だけに美観を損ねないよう、室外機を目立たない場所に置いているのですね。
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常盤台住宅地は、周囲を木が植えられた中央分離帯のある並木道(プロムナード)で環状に囲んでいて、ところどころに「クルドサック」と呼ばれるロータリーを設けた袋小路があります。車を通り抜けできなくして環境の維持をはかるという目的ですが、普通の袋小路はドン詰まりですのでこういう構造は珍しいと同時に美しさもありますね。ただ最初に見たクルドサックは、中央の緑地がゴミ置き場になっていたのが少々残念でした。
そして、クルドサックの後ろは防犯や防災上の理由で人だけ通れる「フットパス」と呼ばれる細い歩道が設けられています。
その後は一旦常盤台住宅地の外に出て、ヘルスメーターなどで知られるタニタ本社を見てから富士見街道を歩き、東心寺を見てから、常盤台住宅地の緑地帯「ロードベイ」として作られた常盤台一丁目児童遊園前に出ました。
昭和初期の街びらき当初からの古い住宅は、現存しているものは少ないながらも時々あり、区の登録有形文化財に指定された斯波家住宅、和風住宅の一角だけ洋館風にした住宅などいくつか見られました。
常盤台住宅地を1周した後は、水久保公園と常盤台観音を見ました。水久保公園は、その名の通りやはりかつては窪地で池だったそうです。また、常盤台観音は元々は違う場所に打ち捨てられていたものを現在地に祀り直したものだそうです。今回は石神井川沿いでも同様の経緯がある水神宮を見ましたが、色々あって打ち捨てられてしまっていたけど祀り直されたものは多いようですね。
その後は下頭橋ラーメン、イタリアンのカッチャトーレを見てから平和公園へと進みました。
公園内には、「へいわ」という文字を象った池や空襲の被害が大きかった場所と軍需工場など標的にされた施設があった場所を紹介する「板橋区平和祈念パネル」がありますが、上板橋駅〜東京第一陸軍造兵廠練馬倉庫の引き込み線や、東北本線から東京陸軍兵器補給廠赤羽火薬庫などへの引き込み線が記載されれたのが印象的でした。
前者は戦後に米軍に接収されてグラントハイツ(現在の光ヶ丘団地一帯)への引き込み線「東武啓志線」の一部となりその後廃線、後者は赤羽台団地や西が丘競技場などを横切る遊歩道になっています。
そして、板橋区立教育科学館前に到着して、午前の部は終了となりました。
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昼食は上板橋駅周辺で自由行動となり、蒙古タンメン中本の本店に行こうとしたのですが行列ができていたので断念し、駅の階段下にあるバラそば屋上板橋店にてバラそば醤油とバラめしを食べました。
バラそばは豚骨醤油のスープで具がたっぷり入っていて、値段の割には充実した中身でした。バラめしは肉+海苔+卵で、こちらもサイドメニューにしては充実し過ぎていただけに満腹になりました。
昼食後は、午後の集合場所の教育科学館を見学。プラネタリウム以外は無料で見られ、恐竜展が開催されていて頭蓋骨やマンモスの歯、動くティラノサウルスの頭の実物大模型が展示されていました。
また、入口付近に足踏み発電で動く鉄道模型があるのですが、使われている機関車をよく見たら、元々両数が少なかった上に晩年は(ED62に改造の上で)飯田線でしか見られなかったED61という非常にマニアックな車両でした。どういうチョイスでこうなったのでしょうか?
午後の街歩きはここをスタートして、まず最初に駄菓子店の「くりはら菓子店」に立ち寄りました。おじいさんが一人でやっている店でしたが、後継者はいないとのことです。
ここではついつい駄菓子を色々と買ってしまいました。
その後は、パンと洋菓子のモンマルトル前を通過して、どんぐり山公園に向かいました。ここは谷になっていて、谷底は前野川の河川跡です。首都高の志村料金所付近で出井川に合流して新河岸川へと続いている川で、出井川のほうは大部分が緑道になっているので辿ったことがあるのですが、こちらは途中で川跡が生活道路になって分かりにくくなることもあったりで、この辺まで来たことはありません。
谷へ降りる途中には廃墟化したアパートがあって、多分ここで用を足していた訳ではないと思いますが何故か外に便器が置いてあり、思わず笑ってしまいました。
その後はもう一度坂を上がって、五差路にある子育て地蔵と馬頭観音と庚申塔を見ました。元々は別々の場所にあったものですが、宅地開発などでこの場所に集結したそうです。
次いで、古い手水が保存されている中台稲荷神社に行き、坂を降りて前野川の閻魔堂橋跡に行きました。橋の遺構はありませんが、谷底であることがここが川であった証拠と言えます。坂の名前も閻魔坂です。
坂を上がって上板橋駅周辺の商店街に戻ってきて、もつ焼きのBOOビッグ、日本料理れんこん屋、惣菜と弁当のまんぷく亭などを見て移動。途中の洋品店で店内に猫がいるのを発見しました。
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次いで、店頭に10円で動く車の遊具が置いてあるやまとや、焼肉ギュービッグ、らあめんこそっと、イタリアンを併設したあづま寿司、以前に飲み会で入った花門を通過して、かみなか庚申塔に到着。ここは西台・徳丸方面、練馬・大山道方面への分岐点にあたる場所で、石にもそのように刻まれていました。
その後は個人宅内稲荷、前野川の谷頭を見ましたが、ここで猫に遭遇。逃げない猫でした。
次いで、新潟長岡ラーメン安ざわ食堂を見ました。長岡ラーメンは生姜醤油のスープだそうですが、「背脂チャッチャ系」の元祖とも言われている燕三条ラーメンも扱っているようです。
次いで、線路近くのとんかつ三好弥、札幌ラーメン宮本太郎、ネパールインドダイニングスルエシーなどを見てから、駅前の蒙古タンメン中本本店、ハンバーガーのハングリーヘブン、立ち飲み屋キンパチ、東武ストア本社前に出ました。東武ストアはかつては店舗もここにあったようですが、今は本社があるのみです。
その後は駅構内を抜けて反対側に出て、ネパール料理のスパイス食堂、お多幸支店、かつ吉などを見てから和菓子の石田屋に立ち寄りました。どら焼きが有名とのことですが、あいにく完売でした。
次いで、魂の中華そば、マルミ洋品店、東北酒場あらた、おかずやなどを見てから和菓子の雅藤寿安藤で再び買い物タイム。
そして旧川越街道(上板南口銀座)に出て、道沿いの大衆酒場須賀乃湯、昭和中盤の雰囲気のままのレトロな店構えが印象的なこだまや食堂を通過して、川越街道(国道254号線)の5本けやきを見ました。
大通りの中央分離帯に5本の大木が植わった緑地帯ですが、元々は上板橋村の村長を務めた飯島家の屋敷内で、土地を提供する際に地主がこれだけは残すよう要望したことでこうして緑地帯として残されたとのことです。後に枯死してしまった木もありますが、保存会の手で再度植樹が行われています。
次いで、肉のマルサン、麺屋楠などを通過してから旧街道のほうに戻り、子育て地蔵、寿司の魚長、だんご初音屋などを見てから、線路沿いにある東武パン直売所に行きました。
東武パンは工場直売の店で、夕方なのでさすがに売り切れている商品が多かったですが、原宿ドッグを買いました。
そして、七軒家公園、ねんどランドを通過して、旧家の敷地内にあるけやきの大木を見ました。七軒家というのはこの地の七軒の大地主のことで、この家もその一つと思われます。
そして、上板橋村と下練馬村の境にある庚申塔、下宿稲荷神社を見て、ここで板橋区から練馬区に入りました。この場所には区境で下練馬宿入口であることを大々的にアピールするゲートがあるのが印象的でした。
次いで、古い建物が残る野瀬商店、交差点の中央にある三又の馬頭観音を見ました。この手の祠が大きい道路で中央分離帯のような場所にあるというのは見たことがありますが、小さな交差点の中央にあるのは珍しいと思います。
次いで、個人宅内稲荷、古い建物が残る内田屋呉服店、鷹狩の餌を扱っていたけらや跡を通過してから北町弁天宮に立ち寄りました。北町弁天宮は外からだと分かりづらい場所にあるのですが、中はそれなりの広さがあり、ちがや馬奉納という行事も行われているとのことです。
次いで、環八トンネル上にある下練馬の大山道道標・東高野山道標に立ち寄りました。ここは川越街道とふじ大山道の分岐点で、元々は商店の前にあったとのことですが、道路建設に伴い店は立ち退きになり、この道標は一旦仮移設されて道路完成後に元の場所に戻されたとのことです。
最後は現在スーパーとなっている木下家本陣跡で時間が来てしまったので街歩きは終了となり、回り切れなかった分は次回以降に繰り越しになるので、その際にもう一度散策したいです。
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その後は東武練馬駅に移動して解散となりましたが、途中の公園で猫の溜まり場を発見。さすがに全てカメラに収めることはできませんでしたが10匹くらいいて、ある意味ハーレムでした。
終了後は、駅前のバー日々是君想にて飲み会となりました。 地ビールのCOEDO毬花で乾杯し、アヒージョ、ピザ、餃子のイタリアン風など色々食べて疲れを癒しました。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41060351.html
(2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/41060359.html
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