「成長のプロセスとしての自己破壊」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/18949 (写真入り記事)
毎日聖書を読み、祈り生きていると、神の御心とほど遠い自分の姿が見せられます。
神は、その私を愛して下さっていることに感謝しますが、同時に、何とか神の御心に近づきたいと切実な祈りが湧いてきます。
ある日、「私はこのままではダメだ!」と打ちのめされ、自己破壊が起こります。
プライドも、自信も砕かれ、自分自身を支えていたものが崩れ去る経験は、成長のプロセスに於いて必要なのです。
それがなければ、人は本質的に変われないからです。
神様は、自己破壊というプロセスを通して人を造り変えて下さるのです。
復活とは、死を経験した後の経験です。
イエス様は、全人類の罪を背負って十字架で死なれ、墓に葬られ、三日目に復活されました。
イエス様を信じるなら、イエス様に起こったことが私たちの人生にも実現します。
使徒パウロは、「兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。」(第一コリント15:31)と語りました。
自己破壊という死を経験したら、造り変えられるという復活を経験し、人は成長するのです。
そこに希望があります。
成長をあきらめている人生
自己満足
現状満足
上記3つの人生に別れを告げて、あるべき姿を目指して、毎日成長させて頂きましょう。
「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(第二コリント3:18)
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