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2018年05月21日21:35

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原稿と、忘れ得ぬ人。

昨日は貸本時代からの漫画家さん達がずらりな感じだったので
参加してきた\(^o^)/。

俺以外の皆で、「久しぶりにY先生に会いに行こう!」
と言う話しで、おじさんだけ平均年齢を下げていたが、

残念ながらおじさんは貸本世代では無く、
不勉強でM先生の作品は未見である。
そんな人間が参加して良いのだろうか?とか思ったが、
S先生が徹夜の夜中2時みたいなテンションでこないだ

「俺君・・・・・来ないと後悔するよ?
 絶対君のためになるよ?」

と、紙芝居に出てくる呪いのおじさんみたいに話しかけてくるので
昨日、当日の朝に行く事に決めた。

物凄く不謹慎な話だが・・・・・・・・・・・・・・

そんな感じで「その時、たまたま参加した」ら、
翌年には虹の橋を渡られた方が少しばかり居られるのである。

過去に、「聖闘士星矢」も監督された荒木伸吾監督が
どういう繋がりか、さいとうプロの石川フミヤス先生の元に
遊びに来ると言う事が有ってお邪魔したのであるが、
ご両名とも今では虹の橋を渡られている。

あの時にお邪魔していなければ永遠にお話を聞けることは無かった。

不謹慎だが、お話を聞ける内に・・・?と、昨日は伺いに行ってきた。
あと、おじさんはどう〜〜〜も年上及び年配受けする所が有るようで、

「なんか、この肉の壁が居れば場が持ちそうだな。」

と思われる部分も有るようだ。

そんで昨日、漫画原稿の話になったんだが、
(*前の日記を読んでいる方が居ると紛らわしい話になるが、
 自分の原稿を自分で購入した先生はまた別の方である。念のため。↓)

荒木監督は、亡くなられる直前でまた絵を描き始めていたそうな。
具体的に言うと、同人誌の様な物も始めて「まんだらけ」とかで
販売も始めていた。
フランスあたりでも話題になったようである。

すぐさま完売したようで、本人も乗り気であった。
ただ、お体の具合が芳しそうでは無かった。

ともかく、なぜ今、また絵を描き始めたか・・・?と言うと
本人のお話では

「昔、貸本を描いていた時に書いていた原稿が80pほど見つかったんですよ。
 その昔描いていた原稿を、その貸本屋の社長さんの息子さんが
 倉庫か何かで見つけられたらしくて、

 ”−これは本人に返さなきゃいけない!”

 と思ってくれたそうで、僕に届けてくれたんです。」

との事で、その原稿を見て


「ああ、俺、昔はちゃんと漫画描いてたんだな、(と思うと嬉しくて)
 また描けるかな?なんて思いましてね。」


なんて話されていたが・・・・・・・・

漫画青年は最後まで漫画青年だったんだなぁ・・・・・・・・・・・。



そんな人達の、自分の子供のような作品を取り上げちゃいかんよ。

どう〜〜〜〜〜〜も、漫画と言う物は、書き手にはやたらと
純粋性に様な物を求められるが、
それを金に換算する人達は急に「大人」な話をする傾向にあると思う。

荒木監督に原稿を返却するように意識を持たれたその方に感謝したい。
亡くなられる前に創作意欲が立ち上がり、
そして、晩年に一花咲かせたのだから・・・・・・・・・。

ちなみに、荒木監督に「サインをお願いで出来ますか?」と
恐る恐る色紙を出すと、
監督も何だか葉書大の色紙を手渡してくる・・・・・・・?


「君も僕に書いてよ?」


恐縮しつつ、「良いんですか?俺ので?」

と思いつつ書いたが、大変失礼ながら、おじさんに色紙を手渡してくる監督は
何だか・・・・・・


物凄く可愛く見えた。



忘れることは出来ないであろう。


昨日、たまたま原稿の話と、ながやす先生のお話が出ていたので
(ながやす先生のアシスタント先の先生も参加されていた。)
両方が合わさったみたいなニュースが有ったからつい書き込んでしまった。


わりとタイムリーだった。





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