『愛と誠』紛失原画落札、オークション運営元・まんだらけが声明 「問題になること自体に違和感」 講談社を批判
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=5120285
たまたま昨日、貸本時代から漫画を描いている方々と会っていたので
この手の話もしていたばかりである。
記事にも有る「まんだらけ」で、
過去に自分自身の原稿を買い落した事の有る作家さんの話を聞いた事が有る。
その方も編集者に預けたら無くされたそうで、
その後無くされた原稿が「まんだらけ」で販売されていたそうな。
おじさんは編集部でバイトもしていたから原稿の取り扱いについても
至近距離で見ていたが、
(とは言え20年くらい前の話で、雷句誠さんが原稿を無くされた事件以来
あちこちの出版社の編集部もそれなりに意識を持っている物と信じたいが。)
残念ながら編集部と言うのは伝統的に原稿と言う物をあまり大事に
しない物であった。そういう経緯がある。
漫画が単行本になり、単行本が売れて、出版社は単行本で稼ぐようになり、
雑誌が「単行本購入時のための漫画見本」となった現代では無く、
雑誌が雑誌単体の販売利益で回せて稼ぎが出ていたころは
原稿をいったん雑誌で掲載した後は原稿そのものには
価値が無い物とみなされていた感が有る。
そりゃいったん雑誌で発表した後の原稿なんか大事にせんよな。
秋田書店から「鉄人28号」の単行本が昔出ていたが、
同作品はサンデーで連載されていたそうで、
小学館が単行本が売れるとか考えずにそのまま秋田書店に
販売許可を出しての経緯らしいが、あんな大ヒット漫画ですら
そんな感じだったらしいんだね。
(そのせいで秋田書店から販売されていたにもかかわらず
単行本には”サンデーコミックス”と表記されていた。)
特に資本マンガ時代は1度印刷された漫画原稿は
そのまま廃棄処分されたり、
読者プレゼントに回されたりしたそうな。
漫画原稿が1コマ1コマ切り分けられて、さながらビックリマンシールのごとく
読者の手に渡っていたと言う、今では考えられない時代だったようだ。
昭和初期までの映画の場合も、今の様にソフト化されるなんて
考えられていなかったわけで、
全国を回ったフィルムはコマごとにちょん切られて
駄菓子屋さんなどで売られていたらしいが、似たノリを感じる。
そういう時代が有ったから、書き手側も「仕方がない」と言う感じで、
編集側も「そういうもんだ」と言うふうに慣例が続いていたのだろう。
(もっとも、近年は人気作品に限りマイクロフィルム化されて
保管されたりするらしいが。)
漫画作品と言うのは・・・というか仕事で作品を作る以上、
売れていなければぞんざいに扱われても仕方ない…感が有るが、
書き手としては子供のように可愛いのもまた事実。
どうだろうか?
売れない書き手から「大事に扱ってくれ」とは主張しにくい空気感が有るが、
ほんの少しだけ、
書き手が魂を込めて物を生み出している所を想像していただけたら・・・・・
特に今回の場合はあの伝説的名作「愛と誠」である。
どうだろうか?
人からは紙切れ一枚、「金になるかどうか?」しかないかも知れない。
「まんだらけ」も、法には触れないかも知れないが、
ああいう形態の店である。漫画愛が無くて始めたわけは無い。
想像してみて欲しい。ほんの少しで良い。
乱櫃乱文で何も伝わらなかった時はごめんなさい。おじさんの責任です。
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