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2018年02月27日05:07

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日光移住体験の旅

土日で日光を旅してきました。
今回は日光市役所などとのタイアップで開催された「移住体験ツアー」というもので、参加費はかかりますがモニター名目でのキャッシュバックがあるので実質的負担が非常に少なく、このため抽選制でしたが駄目元で応募するも見事に当選してしまいました。
土曜朝に上野公園入口のバス駐車場に集合して出発。この手のツアーは他もそうなのかは知りませんが何故か男性比率が非常に低く、何だか肩身の狭さも感じてしまいました。良い方に考えるとバスで前の席の女性グループに長い髪をマフラーに挟んだしまい髪の新垣結衣系な人がいて、これは幸運かもしれません(汗)。
バスは上野公園を出て、堤通から首都高6号線に入りました。
この先、堀切JCTで中央環状線に合流し小菅JCTで再び6号と分かれますが、この間が2+2車線から3車線に減少してボトルネックになり渋滞が多発するため、4車線に拡張する工事が行われていて、日曜5時よりいよいよ供用開始になるので、あとは置かれた柵を撤去するだけの状態でした。
その後はそのまま東北道に進み羽生PAで休憩。土曜なので時々渋滞することはありましたが、大きな遅れもなく日光宇都宮道路を経由して日光市入りし、現地スタッフも合流してから最初の目的地の足尾銅山に向かいました。
足尾は日光の中心からは山を隔てて大きく離れていて、元々は足尾町でしたが、合併で日光市になりました。現在の日光市は、旧日光市、今市市、足尾町、藤原町、栗山村が合併して誕生し、結果として面積が栃木県の4分の1を占め、全国の市で3番目に大きい広大な自治体となりました。
足尾は鉄道だと桐生からのわたらせ渓谷鉄道で入るし、メインの道路も館林や太田を経由する国道122号線なので、元々は群馬寄りの生活圏で、方言も栃木訛りというよりは群馬寄りだそうです。
山を隔てているため川の流域も変わり、他は大谷川と鬼怒川ですが、足尾は渡良瀬川の流域になります。

足尾銅山の見学は、まずトロッコ列車で移動。距離は短いながら途中駅があり、ここでは乗り降りはできませんが機関車が切り離され、客車のみで坑道内に入って行きます。機関車が客車を牽引しているのではなく客車も自走するので、切り離しというのはあくまでも演出ですが、なかなか面白いですね。
坑道内でトロッコを降りてからは坑道を見学。実際の坑道は総延長1200kmにも及ぶとのことですが見学可能なエリアは数百mで、この間には江戸時代に採掘が始まった頃から閉山になる昭和48年(1973年)までの作業風景の変遷が見られました。
江戸時代はもちろん完全手作業で、明治以降徐々に機械化され、戦後は当時の最新技術も積極的に取り入れていたそうです。
坑道を出たところには、ボタンを押すと動く立体模型や実際に当時のトロッコで使われていた車両が展示されていました。こういう場所で使われていたのは主に蓄電池機関車で、昔は沢山あったようですがこの手の産業自体が衰退してしまったこともあり、現在は少なくとも国内では新規に製造されていないと思われます。但し蓄電池を搭載した機関車は従来のディーゼル機関車をハイブリッド化するにあたって最新鋭車両として登場しているし、同じ栃木県内でも烏山線にディーゼル車に代わって蓄電池式電車が登場するなど、形を変えて復活しているのは興味深く思います。
次いで資料室を見学し、江戸時代の貨幣から現在の貨幣、世界の貨幣などの展示を見ました。私の世代だとぎりぎり実物を知っている岩倉具視の500円札や伊藤博文の1000円札が懐かしかったです。
最後は出口にあるお土産店を見ましたが、売っているものだったり雰囲気が思いっきり昭和の面影でした。また、鉱石を色々売っていて、アメジストの原石が小さいもので200円と安かったです。
昼食の場所が決まっていた都合で寄れませんでしたが、売店内にある食堂もレトロ感溢れる店でした。
売店出口には通洞鉱山神社という小さな神社があり、「いじめ撲滅祈願」「ボケ去る祈願」と書かれていました。
足尾銅山を見終えた後は、いろは坂を経由して中禅寺湖に移動。
いろは坂の途中では、降りなかったけど明智平を通りますが、現地スタッフより解説があり、その際に明智平の名前を付けた天海大僧正の正体が、実は秘かに生き延びた明智光秀という都市伝説にも触れていました。
また、いろは坂を上り切った左側にホテルが建設中ですが、これは東武鉄道とマリオットが共同で手掛ける1泊数十万円の世界的超高級ホテル「リッツ・カールトン」で、オリンピックに間に合わせるべく2020年にオープン予定とのことです。
昼食は中禅寺観光センターにて食べました。昼食にしては豪華ですね。
ここは外国人観光客が多いようで、よく見る英語、中国語、韓国語のほかにロシア語が手書きで追加されていました。
また、この手の施設にある「歓迎〜」の札に韓国語と韓国の複数の旅行会社の名前が印刷されたものが数枚置いてあり、営業が韓国からの団体客の受け入れを一括で受注することに成功したのかもしれませんね。
食後は集合までフリータイムなので湖畔散策がおすすめと言われましたが、雪が降ってきた上に風も強く、とてもゆっくり見られる状態ではなかったので早めにバスに戻りました。

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その後は華厳の滝に移動。華厳の滝には何度も来ていますが、最近は下の観曝台(有料)まで行くことはなかったので、非常に久々です。離れた展望台よりも迫力がありますね。
見学後は時間が余ったので売店で休憩し、餃子コロッケを食べました。食べていたら、どうせ私を見て言った訳ではないと思われますが新垣結衣系な人が来て「餃子コロッケ美味しそう」と言ったので何故かびっくり(汗)。
華厳の滝を見終えた後は、宿泊地の鬼怒川温泉に移動。今回泊まるのは伊東園ホテルニューさくらでしたが、鬼怒川温泉に泊まるのは高校の夏休みの学習合宿以来なので20年以上ぶりです。当時はバブル崩壊後ながら営業を続けているホテルはまだ普通に沢山ありましたが、その後廃業するホテルが相次ぎ、廃墟化したところも多いです。
学習合宿で利用したホテルは東武鬼怒川線沿いですが、こちらも既に廃業して廃墟になりかけています。ホテルに3日くらい缶詰めになって宴会場を教室にして授業を受けたのも今となっては懐かしいです。
当時は春日部駅に集合して、昨年惜しくも廃止された快速で鬼怒川温泉まで移動しましたが、夏休みの観光シーズンだったので最後まで座れないことも多く、ホテルに缶詰めになることと合わせてある意味苦行でした。
ホテル到着後は部屋割りが発表されました。一人参加の男4人の相部屋ですが、窓際に椅子とテーブルが置かれた広縁があり、人数分のお茶菓子が用意された至れり尽くせり系な宿に泊まるのは非常に久々です。
また、ここはお好みの浴衣を選べるサービスがあります。
到着後は夕食まで時間があるので温泉に入りましたが、エレベーターで新垣結衣系な人と鉢合わせ(汗)。
温泉は露天風呂とサウナもありました。また、石鹸やシャンプー類が多彩なのも面白かったです。
時間が時間だけに部屋に戻る際のエレベーターは混雑していましたが、女性5人組に気安く話しかけるオヤジ2人組に遭遇。整形前のスザンヌ(または七つの大罪のゴウセルの実写版)みたいな人がドン引きしていました。
オヤジが話しかけた相手が整形前のスザンヌみたいな人だったので三歩譲って許せますが、これが新垣結衣のほうだったら「このハゲ〜!」と言いたくなるところでした。
風呂上がりに苺大福アイスを食べ、その後は宴会場にて夕食及び地元の移住経験者との懇親会となりました。

フォト

ここ最近は貧乏旅行ばかりで基本的に安宿に素泊まりばかりでしたから、こういう懐石料理は非常に久々です。
移住にあたっては助成もあるようですが、仕事や生活のことを考えると、ハードルは高いと思います。一方で都市部での生活では発見したり体験できないことも多いはずですが、本気で移住するにはやはりそれなりの勇気と覚悟が必要でしょう。
懇親会終了後は、同室の人と部屋に戻る都合で一番最後に宴会場を出たところ新垣結衣系な人と一緒になりましたが、残念ながら新垣結衣系な人との懇親は最後までできませんでした(涙)。
部屋に戻ったのは21時頃でしたが、翌朝早いこともあり早めに寝ました。

日曜の朝は、早めに寝たことで5時頃に目覚めてしまいましたが、大浴場が5時から営業なので朝風呂に入り、一休み後に朝食にしました。朝食はバイキングですが、色々な種類から食べたいものばかり選んでしまったところ、ちらし寿司+フライドポテト+焼き魚+パスタ+刺身というとんでもない組み合わせになってしまいました。同室の台湾人留学生は真面目に和食一筋で、しかも丁寧に盛りつけていました。
また、デザートも充実していたので、ヨーグルトとフルーツポンチも食べてしまいました。夜だととちおとめバイキングもありましたが、昨晩は宴会場だったため食べられず。とちおとめバイキングがあるだけに、苺が○○な某所の篠田麻里子とMay J.を合わせたみたいな人をお誘いしたくなります。
朝はゆっくりしたいところですが、ツアーの趣旨上8時15分とやたらと早い出発でした。
最初の目的地は、世界遺産の輪王寺、東照宮、二荒山神社です。
ここでは世界遺産巡り担当ガイドが来て、東照宮の眠り猫まではガイドツアーになり、まずは輪王寺を参拝。現在は10年の工期で実施中の平成の大修理の最中につき、外部は工事のパネルに覆われています。工事は来年終了予定なので2020年オリンピック開催に合わせて行われたと思ってしまいますが、開催決定前から実施中なので、たまたまタイミングが一致しただけですね。
外装は改修工事中ですが中は参拝可能で、有料でしたが限定でかなり立派なお札が売っていました。
輪王寺本堂の後ろには、天海大僧正の仏塔がありました。天海は秀忠、家光まで3代の将軍に仕えて江戸幕府のフィクサーとも呼ばれたほか、この時代に108歳まで生きたり、豊臣秀吉に討たれたはずの明智光秀が姿や名前を変えて生き延びたという説があるなど何かと恐れられた人物ですが、明智光秀説がもし本当なら「3日天下」どころか何十年も影で幕府を牛耳ったことになりますね。
東照宮では、まず五重塔を外から見学。多くの五重塔は上に行くほど小さくなりますが、ここは落雪対策で最上部まで同じ大きさにしてあります。また、中央に心柱を通して耐震対策をしていますが、この構造がスカイツリーにも応用されています。
その後は有料観覧エリアに入りましたが、拝観料が高いだけに個人的に来てもなかなか入る気が起きないだけに久々に入りました。
ゲートをくぐってまず最初に見たのは金箔が貼られて光り輝く三神庫です。3つの蔵から成る建物で、一番奥の上神庫には象の彫刻がありますが、現実の象とはだいぶ異なる形をしており、これは象の言い伝えのみを頼りに実物を見ずに彫った「想像の象」と呼ばれているとのことです。
次いで三猿(見猿、言わ猿、聞か猿)を見ました。この彫刻の代表的なものは3匹の猿がそれぞれ目と耳と口を手で覆っているものですが、全部で8つの彫刻があり有名なのは2枚目のものです。これは左から順を追って誕生から成長と新たな子を宿し1枚目に戻るまでを描いたものとのことです。

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次いで陽明門前のパワースポットについての説明がありました。一見何もない場所ですが、ここに立って北の陽明門のほうを向くと鳥居の中央に陽明門が入り、その向こうの一番奥に家康の墓があり、その上には北極星が来るのだそうです。そして、逆に南の方角は江戸城へと一直線で続いているという場所だそうです。東照宮をこの場所に建立したのは、江戸城から見て真北の方角かつ富士山から見て鬼門(北東)の方角となる場所が交わる地点ということで選んだのだそうです。ちなみに静岡の久能山東照宮とも富士山を介して一直線で結ばれているとのことです。
また、境内の各所にある灯籠は全部で121基ありますが、陽明門横に2基だけ石ではなく鉄製の灯籠があり、これは伊達政宗が奉納した「南蛮鉄灯籠」とのことです。名前の通り南蛮(=ポルトガル)製の鉄を使って作ったものとのことです。
次いで昨年改修工事を終えたばかりの陽明門を見ました。やはり見事な彫刻で、柱は猿の顔のような彫刻が施されていますが、1本だけこの彫刻が上下反転している柱があり、これには完成しているものはやがて壊れるという考えに基づき、柱が1本逆さになっているのでこれは完成していないのだということにして、壊れないようにという願いが込められているとも言われています。
次いで家康の墓がある奥宮の入口にある眠り猫を見ました。墓に鼠を入れないという願いから猫の彫刻を施したと言われていますが、寝ていては鼠が入り放題ではないかとなってしまいます。その理由にも諸説あるそうですが、寝ている=平和を願うことを表すとか、耳が立っているし腰も上げているので何かあってもいつでも起きられる体勢になっているとも言われています。
ガイドツアーはここで終了となり、あとは集合まで自由見学となり、まずは奥宮を見ました。ここの「叶え杉」もパワースポットと呼ばれているそうで、参拝する列ができていました。
その後は本殿と本地堂(薬師堂)を見ましたが、ここは撮影禁止となります。いずれも靴を脱いで上がるのですが、絨毯が敷いてあるところならまだいいけど、鉄板や木の板張りのところは非常に冷え切っていて、我慢大会状態でした。
本地堂は天井の「鳴竜」で知られ、昔は参拝者が各自手を叩くことでその反響音が竜の鳴き声であると言われていましたが、手を叩きまくるのは神様に対して失礼だと指摘があった(人が立ち止まって詰まるためとも言われていますが)ので禁止したとのことで、現在は数十人ごとに案内してお坊さんが代表して拍子木を叩いて音を聞かせます。
靴を脱いで上がるエリアでの我慢大会を終えた後は、お汁粉を買いましたが、冷え切った足は温まりません。また、この付近で猫耳帽をかぶった大きな猫とうさ耳帽をかぶった西野カナ系な大きなウサギを立て続けに目撃しました。
最後は二荒山神社を見ました。この奥には家光公霊廟もありましたが、別料金だし時間も限られているのでスルーし、集合10分前くらいにバスに戻って一休みしました。
バスの中で出発を待っていたら、2台隣のバスの横澤夏子みたいなガイドが、寒さのせいもあるのでしょうけど客がいないところで物凄くかったるそうな顔をしていると思ったら、客がバスに戻ってくると満面の笑みを浮かべて「お帰りなさいませ」と迎えていました。そして客がいなくなったところで再び物凄くかったるそうにしての繰り返しでした。また、ふざけているのかガチでやっているのかは分かりませんが、隣に立っている運転手の体に旗を立てかけて、運転手が動いて旗が倒れると再び立てかけるというのを繰り返していて、思わず笑ってしまいました。しかも寒さに耐えられなくなったのか、車内からマフラーを持ってきて長い髪を挟んでしまい髪にしていました。
その模様をつぶやきに書いたら現役ドライバーからのコメントが来て、「知っているバスガイドに横澤夏子みたいな人がいるのを思い出した」「やっぱり横澤夏子みたいなバスガイドって多いですよね」という反響があってびっくり。
その後は時間が来て、神橋近くのドライブインに移動して昼食となりました。
駐車場で隣に、横澤夏子みたいなバスガイドの乗っていたバスが止まっていましたが、バスだけ止めていたようで客も乗務員もこの店にはいませんでした。
昼食は湯波刺身、湯波入りサラダ、湯波の煮物、湯波のお吸い物などの湯波づくしでした。
昼食後は集合まで周辺を散策。店の隣においしい水の湧水と天海大僧正像があります。
道路の反対側には神橋と板垣退助像があり、その隣の土産店にはロープウェイの車体を流用した公衆電話がありました。
この周辺は古い建物と甘いものを売っている店が多く、プリンの店があって思わず足を止めるも値段などに躊躇して入らなかったら、後で大混雑して入れなくなりました。今回は断念せざるを得ませんでしたが、機会があればプリンが○○な篠田麻里子とMay J.を合わせたみたいな人(以下略)
その後は羊羹の店を見ました。羊羹の店はいくつかありますが、吉田屋に入ったら1個単位では売っていなかったので断念し、数軒隣の鬼平という店に入ったところ一口羊羹が1個単位で売っていたので買ってその場で食べました。
店内にはストーブを囲む形で椅子が置かれているのですが、そこで新垣結衣系な人と同席してしまう緊急事態発生!同席したところで何もできなかったのは残念ですが、これは思いもかけない幸運でした。

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その後は元祖志そまき唐がらしの店と日光支所前の湧水を見てから金谷ホテルを見ました。
明治時代創業のホテルだけに古い建物が多数現役で、駐車場内には蔵もありました。
また、無料公開している金谷ホテルギャラリーは小さい展示室ですが、展示内容が非常に濃く、創業一族の記録や著名人の記録などの写真があり、興味深いものに1956年(昭和31年)のエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世(最後の皇帝)が東照宮を訪れたときに撮影した写真がありました。
最後は金谷ホテルベーカリーでパンを2個買ってバスに乗りこみました。

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次の目的地は「日光誉」で知られる造り酒屋の渡邊佐平商店でした。ここでは社長(7代目)による解説付きで酒蔵を見学しました。
水の美味しいところと冬に一定の寒さになる場所が酒造りに適しているそうで、ここはまさにその条件を満たした場所ですね。また、酒蔵といえば巨大な酒樽がありますが、これの設置方法にも各酒蔵での考え方による一工夫があるそうで、ここでは2階の床板と樽の間に隙間を設けていて、暑い時期に屋根からの熱を樽に伝えにくくするという工夫だそうです。
見学終了後は試飲会となりましたが、あまり飲めないだけに日本酒は少量だけ試飲してあとは温かい甘酒をいただいていました。
店内にはかなり昔のものと思われる薪のストーブもありました。
その後は、道路反対側の道の駅日光街道ニコニコ本陣で買い物タイムが設けられ、買い物の後に出発。

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最後の見学地は、日光ゆば製造の直売所です。市街地からかなり外れた場所にぽつんとありました。
ここでは4人1組で数回に分けて製造体験ができるのですが、新垣結衣系な人の3人組と同じグループになってしまうという緊急事態発生!ただし2人×2で新垣結衣じゃないほうと一緒に組むことになってしまいましたし、湯波を掬い上げるときにタイミングが悪いと溶けてうまく取れないのですが、思いっきり失敗して新垣結衣系な人の前で恥をかきました(涙)。こうなってしまうと、某コミュだと笑い者になったりマイナス評価を受けて西野カナ×新垣結衣系な人に小馬鹿にされてしまうところですが、幸いにも今回はそういう事態にはならなかったです。
ここではゆば汁などの試食もあり美味しくいただいてきました。
その後は一路東京へと向かいましたが、帰りは渋滞もなく予想外にスムーズで、予定より1時間近く早く上野公園の駐車場に到着して解散。夕食は、途中の蓮田SAでパンを買って食べました。
今回のツアーは移住体験という名目で、実際に現地の人や経験者の話を聞くなどのプログラムもありましたが、都会から離れて自然を満喫するこういう生活もありだけど雇用や生活のことを考えると正直なところ安心して決断する気にはなれないというのが、一連の話を聞いての正直な感想です。また、別にこれに参加したことでカルト教団のように移住しろと執拗な勧誘を受けるということはありませんので、その辺は大丈夫です。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1日目・その1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40879482.html
(1日目・その2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40879485.html
(2日目・その1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40879493.html
(2日目・その2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40879496.html
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