先日のフロリダの高校の銃乱射事件。
アメリカでは日々起こり続ける乱射事件にしびれを切らし、
さまざまな声が上がっています。
銃が悪い!、いや悪くない!銃は必要である!、
子供の行動を親がもっと監視しろ!、最近の親が子供を甘やかしているからだ、
いや、抗うつ剤が原因だ!など、意見はいろいろです。
今日は日本のみなさんがアメリカの現場事情を少しでも感じられるように、
少し噛み砕いてお話ししたいと思います。
これだけ何度も乱射事件があったら、
なんでアメリカは銃規制をしないのだ?という疑問がわくでしょう。
銃があるから殺人事件が起こるんじゃないか!と。
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ちょっと話はそれますが・・・
問題が発生したらその原因を究明しようとするのが人間。
原因がわかったら、解決策を考え実行しようとするのも人間。
ただ原因が正しく究明されなかったら、正しい解決策は生み出せません。
DNA結果が正確でも、採取の時点で人為的エラーがあれば
結果が狂ってしまうというのと同じ原理です。
たとえば。
テロが起きるとイスラム教や教徒が非難のターゲットになり、
不法移民の話がでると「不法移民による犯罪」が取り上げられ、
壁の必要性が大きく訴えられます。
・・・でもここ数ヶ月間の殺人事件はほぼ全部がアメリカ人によるもの。
「テロリストをなんとかすればアメリカは安全になる」
「不法移民を取り締まればアメリカは安全になる」
たびたび浮上するこの定義がまず正しくないことに気づかなければ、
真の解決=安全は得られないのです。
目の前の間違った問題に目を奪われている間は。
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「乱射事件→銃をなくせ」というループの繰り返しを見ていて、
だんだん「何かが違う」と思い始めました。
今回の事件にしろ、他の事件にしろ、犯人は銃を所有していない状況から、
「事件を起こすために」銃を取得しています。
銃をもっていたから事件が起こせたというよりは、
事件を起こしたくて銃を手に入れたということ。
もちろん、手に入れようとして簡単に銃が手に入るのが問題。
これは事実であり、でもいまさら改善しようのない現実でもあります。
日本社会にはたくさんの「違法物」が出回っているかと思いますが、
アメリカも同じ。違法でも手にいれる方法はいくらでもある。
銃規制をすることで撤去できるのは、正直に銃を返納する「善人」の銃だけ。
必要に駆られれば、銃はいくらでもゲットできる、それが世の常です。
アメリカの歴史上、銃は常に存在していました。
でも乱射事件が増えたのはここ10年ぐらいかな?
なぜ急に今になって乱射が増えたのか。
そこが問題の本質であり、改善のポイントだと、私は感じています。
殺人事件があった場合、一番責められるべきは犯人。銃ではなく犯人。
犯人がなぜこのような行動を取ったのか→殺人願望があったから
→なぜ殺人願望が沸いたのか→養育環境?憎しみ?人格障害?
銃規制を求める声は毎回聞かれるのに、
子供達のメンタル環境を見直そうという声があがらないのが理解できない。
銃を取り上げろ?銃がなかったら自作爆弾でも使いますよ、こういう子は。
銃がなくて大量殺人が防げるなら、日本では連続殺人事件は起きないはず。
現在の銃刀法には穴があるし、改善の余地はあります。
自動小銃(連打できる、大量殺人に最適な銃)を一斉禁止にする、
バックグラウンドチェックの徹底(これ、もうされてると思ってたけど、
州によってはあまあまらしい)。
これはあたりまえ。しない方がおかしい。
この国は銃に対する政府の干渉に反発する国民が多いので、滞ってますが。
(銃=政府の反乱に備えてって本気で考えてる人が多くいる国だからね。
政府を信頼している日本人には理解できないですが)
アメリカ人は病んでいる。これはまぎれもない事実。
可能な限り銃規制を行っても、病んでいる人間が苦しんでいる限り、
軋轢は生じ、人々は争う。
病んでいる原因はどこにあるのか。
崩壊した家庭?責任を果たさない親?薬漬けの現在医学?
怒りを健全に発散できない息苦しい社会?
なぜ銃の話ばかりで、誰もそっちの究明をしようとしないのか。
銃が危険な凶器なら、心の闇も立派な凶器です。
…とはいえ、複雑な要因が入り組んで今の病んだ社会があります。
簡単には解決できないと仮定し、では今何ができるのかを考えてみる。
事件や災害は予期していない時に起きるもの。
地震、火事、津波、万全の体制を取っていても万一の事態を考慮し
備えることの大事さは日本人はよくよく知っているはず。
今の学校は「建物内銃の持ち込み禁止」という看板が貼られています。
つまり防衛のための銃も存在しないってこと。
「あ、そっか。ここは持ってきちゃいけないんだね、ごめんごめん」と
銃を所持した人間が立ち去ってくれれば問題ないんですが、
大量殺戮を計画する人間はそんなルール守りませんね。
むしろ、銃をもつ人がその場にいたら自分が逆に撃たれるかもしれないので、
反撃されない「学校」をあえて選んでいるような気すらします。
今回の事件では3人の大人が子供をかばって死亡しました。
学校=親が大事な子供達を預けている場所です。
実際、いざという時身をなげうって子供を守る覚悟でいる先生は多いはず。
それなのに彼らは武器を一切持つことを許されず、
乱射犯に立ち向かわなければいけないってことです。
もっと掘り下げれば、子供達は大人の保護を信じて学校にやってきます。
当然武器は禁止されているから丸腰です。
でも教師は武器を持っていない、つまり
自分と同じ丸腰の教師に命を委ねてるってことです。
以上、こういう視点から、アメリカでは乱射事件が起こったら、
銃規制よりも「銃を持っている人間がその場にいたら、
犯人は射殺され、被害は軽くすんだ」という意見が出てくるわけです。
古くからのマイミクさんは、私が銃嫌いだった時代を覚えておられると思います。
その私がなぜ銃擁護派の理解できるようになったか。
ひとつは自分の子供がアメリカで高校に通っていること。
もし誰かがうちの子の学校に乱入したら、 誰が子供達を守れるのか。
今回痛切に疑問に感じました。
もうひとつは、大事件に至らなかったので報道されてませんが、
犯人が射殺されたおかげで事件を未然に防げたケースが実際にあるから。
おばあちゃんが侵入者を、子供が侵入者を、銃をむけて追い出した事件が
いくつもあります。
銃が徹底的に撤廃できない以上、守る側も銃が必要。
タイムリーに、最近日本で刃物をふりかざして暴れる男を警官が
撃った事件がありましたが、警官はなぜ銃を持っているのか。
アメリカ市民が銃を捨てられない理由は、そこにあります。
うちの子の校区で、明日定例の教育委員会のミーティングがあるんですが、
安全使用および緊急時向けにしっかり トレーニングを受けさせた上で、
何人かの教師に銃を持たせてはどうかという話が持ち上がる予定だそうです。
これを「学校に銃を持ち込むなんて危ない!」とおののくか、
「これ以上丸腰の子供達が殺されるのを指をくわえて見ているわけにはいかない」
と考えるのか、意見はたぶん分かれるだろうなと思います。
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