市街地を抜け、田んぼを抜け、階段を上り。
私と幽霊は山の社に続く山道を歩いていた。
幽霊は先程の守衛の言葉を思い出して心配しているようだったが、
私だって359年も生きてきたのだからその辺りの塩梅は分かっているつもりだ。
そんな風に考えていたからだろうか、気が付くと私達は知らない場所に居た。
幽霊と私がキョロキョロと辺りを見回していると、建物のようなものを見つけた。
近寄って見てみると、どうやらそれは分社のようだ。
近寄ってみると『尾三輪分社』と書かれているではないか。
どうやら夕香の社の分社のようだが、はて夕香はそんな事を話していただろうか。
見たところこの分社はそれなりに手入れされているらしく、
山の社のように朽ちてボロボロになっているわけではなさそうだ。
賽銭箱にも結構な小銭が入っており、最近でも訪れる者は居るらしい。
分社と言えば神様の別宅。
分け御霊と言って、神は自身の神霊を無限に分けることができる。
この分霊を分社に勧請することで、総本社と分社に同時に存在できるのだ。
当然、分社で起きたことは総本社に居る神本体にも伝わる。
もしこの分社が本当に『尾三輪』の分社であるなら、夕香もこの事を知っている筈。
じゃが、夕香はこの事を知らず孤独に苛まれている。
これは、一体どういうことなんじゃろうか。
面を捻りつつ情報を整理してゆく。
私は当初、夕香という神が人々に忘れ去られてしまったのだと思っていた。
社は寂れ具合や、夕香は弱り具合からそのように考えた。
しかし、この分社を見る限り『尾三輪』の事を人々は忘れておらぬ。
むしろ時々手入れをし、賽銭をするぐらいに想っておるはずなのだ。
では、なぜ夕香はこのことを知らないのだろうか?
面をくるくると回転させながら考え込んでいた私を幽霊が心配してくれる。
その頭を撫でようとして、身体を置いてきた事に気が付く。
いや、あっても幽霊だから触れないんじゃがの。
なんにせよ、情報が足りない。これ以上は雑な推論となってしまうだろう。
この事に関しては皆と共有しつつ、誰か詳しい者に聞いてみるとしよう。
私達は簡単に社に手を合わせつつ、もと来た道をもどり始めた。
しばらく歩いてゆくと、分かれ道に辿り着いた。
ははあ、なるほど。暗いせいで気付かなかったがここで本社と分社に別れるのだな。
奥の総本社への道を歩くと、ほどなくして寂れた総本社が見えてきた。
内部に明かりが見えるので、外人達と夕香はまだ話をしているのだろう。
私はちょっとした悪戯心から、内部の様子をこっそり伺い始めた。
中ではどうやら外人と夕香が話し込んでいるらしい。
小狸君は座布団に包まりながらスヤスヤと寝息を立てている。
子供は寝るのも仕事だからの、まぁ仕方あるまい。
話の内容は、やはり夕香の身の上についてのことらしい。
80年もの間、この社で皆に忘れられて寂しい思いをしている夕香。
生まれの町を忘れ、名を忘れ、アテもなく放浪する外人。
この二人は『孤独』という観点で意気投合しているようだ。
===
しかしあの外人も不思議な御仁よな。
生まれはどう考えても日ノ本ではあるまい。恐らくは遠い海の向こう。
街を旅しているというが、どうしてこの一名町までやって来たのだろうか?
外人は私と幽霊が外で聞き耳を立てていることに気付かず夕香と話し込んでいる。
幽霊はなにやら心に来るものがあるのか、聞き入っているようだ。
ふむ、幽霊と外人は似ているようで似ていない。
どちらも人であった頃の事を忘れ、人外としてこうして暮らしている。
幽霊は、この街から去らずに留まって人々の様子を見ている。
対して外人は、生まれの街を去り様々な街で人々と触れ合っている。
もちろん妖としての特性にもよるのだろうが、なぜここまで有り様が異なるのか。
あの御仁は一見すると自分の正体に興味がないようにも見える。
だが、これまで訪れた街の話をする度に、どことなく寂しげな表情をする。
これは、『諦観』? なぜ彼は諦めてしまっているのだろうか。
話を聞く度にどんどん疑問は増えてゆく。
彼は一体、その身にどのような秘密を持っているというのだろうか。
聞いてみたくもあるが、彼自身がわざと話していないのにも理由があるのだろう。
それを聞くのは、なんとなく躊躇われる。
やがて話は外人のことから夕香のことへと移っていった。
夕香自身、このままで良いとは思っていないようだ。
だが、彼女はどうすればいいのかを知らない。
これまでただ在るだけで敬われていた身は、自発的な行動について疎いのだ。
「うてはどうすれば良いのだろうか。 どうすれば、良かったのだろうか」
悔恨の念が込められたその言葉は、ただの人には分からぬであろう重さがあった。
だが、この言葉を聞いているのは人ではなく『妖』である。
私や、外人はそれに対する答えを持っていた。
「「自分から人に関わればよいのですよ」」
ガラリと戸を開けて入ってきた私と外人の言葉が重なる。
いきなり入ってきた私と幽霊に夕香はびっくりするが、謝る気はサラサラない。
夕香の声に驚いたのか、子狸も座布団の中でぴょこっと跳ね起きた。
丁度いいので全員で車座になり、話を始める。
夕香も座布団に座り直し、外人と私を交互に見やっている。
なるほど、こいつは筋金入りの引き篭もりで『こみゅ障』だのう。
外人が再び滔々と話し出す。
曰く、神にせよ妖にせよ、人から忘れられればそれは『死』を意味する。
昔は人から神や妖に関わってきたが、今はそうではない。
人の住む世に神や妖は必要とされなくなってきている。
それを座して受け入れるものも居るが、彼等は例外なく存在を無くしていった。
夕香は本当にそれで良いのか、そう外人は尋ねた。
===
「いやじゃ−−うてはまだ死にとうない。 忘れられとうない」
===
目の端に薄っすらと涙を溜めながら、夕香は力強く言い切った。
齢500とはいえ、長い刻を生きる妖にとっては中の中ほど。
この国の主神達に比べればまだまだひよっ子の域を出ていない。
そんな夕香が大人しく人々に忘れられることを受け入れるはずもない。
彼女は神として生まれてからずっと、人に敬われながら生きてきたのだ。
消えてもいいなどと諦観できるほど、成熟しているわけではないのだ。
外人はその言葉を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべている。
まだ僅かに寂しげな表情も残っているが、これは彼自身の秘密によるものなのだろうか。
だが、今はそれを問い質す時ではない。
「では、夕香嬢はどのようにすれば良いと思うのか」
「う、うては−−分からん、分からんのだ」
しゅん、と。耳と尻尾を垂れながらボソボソと答える。
まぁ、分かっておればこのような状態になっていないじゃろうからな。
チラリと外人を見やる。彼もまた、こちらを見ていた。
どうやら考えていることは同じらしい。
「そうじゃのう、ここらで一つ私達に任せてもらえんか」
「なんと! そなた等には妙案があると申すか!」
夕香が飛びかからん勢いで話に食い付いてきた。
よほど80年の孤独が堪えたと見える。
私は思わず面に苦笑いを浮かべそうになった。
「もちろん、ありますとも。 ただし、夕香にも協力してもらう必要はあるがのぅ」
「うてに出来ることならば何でもやるぞ!」
「ほう、『何でも』と申されましたか」
「もちろんじゃ、尾三輪の夕香の名に賭けて誓おう」
とった!
神からもぎ取ったこの言質は、もはや神勅。
外人と再び目を合わせる。これで夕香に逃げ道はなくなった。
神勅を違えるような神はいない。それだけ神の言の葉は重い。
先程までの私は夕香の社に少しでも人が来ればよいと思っておった。
じゃが、分社の存在や、夕香自身の言葉からそれだけでは足りぬと気付いた。
夕香には『自分から行動する』ということを叩き込まねばならぬ。
それはこれまでの夕香の有り様を一変させるに等しい。
一人二人と関わるだけではない。町の人全てと関わるぐらいの心意気が必要となる。
それは、並大抵のことではあるまい。
「であれば『祭り』が適当かのう」
「『祭り』、とな?」
「そうじゃ、古来より祭りは人と神とが触れ合うものと相場が決まっておる」
「ふうむ、祭りか。 80年ほど前にやったのが最後じゃからのう」
夕香自身も『祭り』には乗り気のようだ。
神といっても化け狐から成った身、浮世の享楽にふけることに抵抗はないのだろう。
わくわくと祭りに思いを馳せる夕香は、尻尾が大きく揺れていることにも気付いていない。
しかし、どのような祭りにしたものか。
学園で開かれる祭りのようなものぐらいしか私は知らぬ。
何度か学園祭に『あいどる』なる者達が訪れたことはあったが、
子供や大人も含めてとても楽しそうにしておったのだけは覚えておる。
『ぷろでゅうさぁ』という者に『あいどる』について聞いた限りでは、
元々は海の向こうの国の『偶像』の呼び方を由来としているという。
人々から崇拝される対象、『あいどる』。
だが、その存在は『自分から行動する』ことで崇拝を得ているという。
今の夕香は『自分から行動する』ことを知らぬ。
これを機に『あいどる』として行動してみるのは良いかもしれんな。
私は面の下で夕香の『ぷろでゅうす』計画を練り始める。
まさかこんな所で『ぷろでゅうさぁ』との会話が生きるとは思わなんだ。
これも人と関わる妖として生きてきたお陰なのかもしれぬ。
一方で外人は『祭り』の大枠について思いを馳せていたようだ。
パンと柏手を打つかのように手を打ち合わせ、こう言った。
【ハロウィンパーティーをしましょう】
〜 その7に続く 〜
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