とある恋愛漫画を読んでいて、嫌われる理由を納得させてもらえる日もある。
■「嫌われる勇気」では人間関係はラクにならない!? 元自衛隊メンタル教官がその理由を解説
(AERA dot. - 09月13日 07:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=4763060
「自分は間違ってはいない」とそれを理解するのはとても大切な心理過程で、過去と現在、または現在と未来、そうでなければ彼方と此方、二点間に横たわる遥かに遠い複雑な距離にある過程を一足飛びに識ってしまえる人々の数は多いのか少ないのかそんな事は知らないが。
誰から嫌われていようが好かれていようが、そんな個人レベルの『気持ち』なんぞとは無関係に日々着々と仕事を続ける人々に敬意を表したい気分になる、そんな日もある。
昔の主治医や教師達からのアンサーでもあり助言でもあるかのようにも感じる、数多くの記事や本に埋もれて暮らすのは悪い気分ではない。
その爬虫類みたいな眼差しと心象を心底から理解できる日なんて、彼等に来るのだろうか?。
同じ体験を経た後でなければ真の理解なんて覚束ないんじゃないの?。
無限大の記号が螺旋を描いた後には一体どんな図形を描くんだろう?。
治安維持に協力、治安維持を学ぶ、治安維持に必要と思われること、『治安維持』の語の意味も多岐にわたる(平和の使者が人間的でもなければ期待したとおりの優しさを見せてなんかくれない場合もあるってことに君達は未だ気付かないの?)。
「こりゃあ余分な事などしないで習い事と芸事に励んでいたほうが良さそうだ」と理解してしまった人々は数多い。
最近、努力の甲斐もあり、ちょっとはマシになった実感のあるあれこれ(自分で自分を追い込むにも方向性は必要だ)。
まともで真っ当な理解をしている右翼や左翼は自ら敵を作るような真似はしないってことが分からなかったダーさんは、今では公安を目の敵にはしなくなった(シールズ奥田の側でも学習を深めないとまた潰されちゃうぞ?笑)。
阿呆な直情馬鹿の集まる場所には顔を出さないことにしている昨今。
多分それが理由だろう、疲れた顔の男が私の顔を見て呟いた
「生きてたのか…」
と。
「うん。こっちは何とか生きてたけど、そっちは疲れた酷い顔してるよ?、ちゃんと休んでる?。眼鏡のレンズがずいぶんと厚いんだね、パソコン画面眺めっぱなしじゃ目に良くないよ」
言ってやりたい言葉が洪水のように溢れかえり渦をまいて、窶れた無精髭と並んでカウンターに座っていた日をも思い出させて、信じていなければ母音も践めやしないのに、画面の向こう側に幾つもの顔が見えてくる。
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