mixiユーザー(id:17713252)

2017年08月24日07:14

98 view

迷わない、ブレない人生の秘訣

「迷わない、ブレない人生の秘訣」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/17941 (写真入り記事)

誰の人生の中でも、思い通りにならないことがあります。

怒り、腹を立て、理性を失って間違った行動を取って、「覆水盆に帰らず」で、後で後悔することもあるでしょう。

しかし、現実には大きな嵐が吹き荒れるような状況なのに、冷静沈着かつ穏やで、正しい判断と行動ができる人もいます。

後者の生き方をする人の特徴は、自分の中で物事の判断基準をしっかりと決めていますので、どんな状況に直面しても判断に悩まないで済みます。

それは、「譲れないこと」と「妥協できること」の二つを明確にすることです。

これが決まっていたら、譲れないことに対しては、頑固おやじのようになればいいし、妥協できることに対しては、柔軟でしなやかに対応をしたらいいのです。

みなさんは、「譲れないこと」と「妥協できること」の基準がしっかりと決まっていますか?

そうしたら、人生に悩みがなくなります。

この二点を構築するためには、聖書を土台にすることをお勧めます。聖書は、時代が変わり、価値観が変わっても、変える必要のない基準です。聖書が土台ならブレることはありません。

ある人は、よい結果が出るならば多少プロセスに問題があっても、「終わりよければすべてよし!」と考えます。しかし、そうではありません。

大切なのはプロセスです。プロセスを大切にしないで、ルールを違反したら失格になります。

「競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。」(第一コリント9:24)

オリンピックの100m走で一番早く走ったとしても、フライングをしたり、ドーピングを使用したことが発覚したら、失格となり、すべては水の泡のように消えてしまいます。

また、選挙でたくさんの得票を得たとしても、学歴や経歴の詐称をしたり、選挙違反があったら、これもまた失格となり、すべてが台無しです。

物事のプロセスにおいて、ルールを守るというのは最低限守らなければならないことです。

さらに聖書が教えることは、
��「すべてのことを愛を動機として行う」。それは、敵対心や「今に見返してやるぞ!」というスピリットで行うのではないということです。

��「神を第一にする」。必ず判断に迷うことが起こり得ます。その時には、神の御心を第一に選ぶことです。

��「平和主義」。声を上げなければいけないことがあります。しかし、争いは可能な限り避けるべきです。争い、恨まれながら成功をしても、後味が悪いですし、ある日、包丁で刺されてしまったら元も子もありません。

プロセスを大切にしていたら、たとえ100m走で一番早くなくても繰り上げで優勝し、金メダルをもらうこともあり得ますし、選挙で次点でも、繰り上げ当選ということもあり得ます。

結果よりプロセスを大切にして行きましょう。

また、人生の中で思い通りに行かないようなことに直面したとしても、あなたなりの基準があれば、迷うことなく、ブレることなく前に進んで行くことができます。

特に、力の弱い立場の人は、悔しい思いをさせられることがあります。

悔しい思いは、神に申し上げ、神にぶつけ、神に受け止めてもらって、その悔しさをいやして頂きましょう。

一人の女性が押さえられないほどの悔しい思いをしていました。彼女は大きな会社の社長の奥さんです。結婚後何年経っても子どもが生まれず、やっと生まれてきた子どもは立て続けに女の子でした。

ある日、養子として息子が連れてこられました。その男の子は、社長である旦那の子どもですが、同じ会社に勤める若い女性が母親です。これは愛人が産んだ隠し子ではなく、社長の両親も後継ぎを残すために一枚も二枚も絡んでいたのです。

その事実を知った時に、頭が真っ白になり、次に、それが怒りに変わって、狂ったように腹を立てました。しかし、その憤りと怒りの声は、黙殺されました。怒りのやり場がありませんので、自分で自分をコントロールすることができない状態になりました。

その時、小さい頃教会に通っていたことを思い出しました。急に十字架にかけられたイエスさまの姿が思い浮かびました。いつの間にか、声にならない悲痛の叫びをお祈りしていました。

女性が思い描いたイエスさまは、むちで何度も打たれ、頭にはいばらの冠をかぶされ、両手と両足を十字架の木に釘で打ちつけられ、祈るたびにイエスさまが全身から血を流し、身代りに苦しんでおられることがわかりました。

「キリストの打たれた傷によりいやされた」と聖書に書かれていますが、徐々に心がいやされて行くことが分かりました。

「主はしいたげられた者のとりで、苦しみのときのとりで。御名を知る者は、あなたに拠り頼みます。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりませんでした。」(詩編9:10〜11)

みなさんも、押さえられないような怒り、裏切られて気が狂ってしまうような心の状態になることがあるかも知れません。そんな時どうしたらいいでしょうか?

ふて寝、ふて食い、ギャンブル、快楽や酒・・・に走りますか?

それとも、イエスさまに祈りますか?

祈りは、問題を根本的に解決しますが、それ以外の解決法は、解決をただ先延ばしにして、問題を大きくするだけです。

祈りは、すべての問題を解決する秘訣です。そして、迷わない、ブレナイ、確かな人生を歩むことができます。

そんな人生を共に歩んで行きましょう。しっかり神様に祈って行きましょう。祝福を祈ります。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年08月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031