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2017年07月03日13:26

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太田散歩

金曜日に、群馬県太田市にある「太田吉沢ゆりの里」などに行って来ました。
1週間位前に自分のブログにたまたまランダムでリンクされていた他の人のブログで存在を知り、満開と紹介されていたのと写真もきれいだったので、今日の休みに合わせて行って来ました。
天気が悪くなければ行こうと思っていたところ、今朝まで微妙な天候だったので最後まで迷いましたが、雨レーダーを見た限りでは降っても大したことなさそうなので、行くことにしました。
行きは東武伊勢崎線で、ちょうど久喜乗り換えを必要としない区間急行・館林行きに乗って、館林からワンマン・伊勢崎行きに乗り換え。全く乗り換えを必要としない太田行きもあるのですが非常に少ないし、この時間にはありません。
昔は東武動物公園より先も太田まで通過駅が設定されている「準急A」がありましたが(確か半蔵門線直通が開始された2003年改正で廃止)、今は東武動物公園以北でも通過駅があるのは特急だけになってしまいました。但しこの準急Aですが、館林からは単線になって退避が多かったし、伊勢崎線自体の速度も今以上に遅かったし通過運転しても全然速くなかったので、日光線方面の「快速」のような存在意義はあまり感じられない列車でした。さらに昔は、北千住〜春日部でノンストップとなる「通勤快速」という種別だったそうですが、結局通過運転したところで準急を追い抜けなくて、やはりあまり存在意義がない列車だったようで、1987年まで細々と残った日光線の通勤快速よりもずっと昔に廃止されたそうです。
また、地図を見れば一目瞭然なのですが、館林から足利市を経由して太田に向かうと非常に遠回りになり、そのせいでさらに遅く感じます。
途中は、走行中でうまく撮れなかったのですが福居駅前に赤レンガの建物群がありました。株式会社トチセン(旧足利織物)の工場で、大正初期のものだそうです。内部は非公開だそうですが、機会があれば見に行ってみたいです。
福居駅の駅舎は最近新築されたようで、赤レンガの倉庫群を模したような外壁でした。
その後は、東武和泉〜足利市間の渡良瀬川沿いに、シンデレラ城のような建物が出現。足利スカイタワーというマンションだそうですが、変に奇をてらった建物を作ると、場所柄どうしてもラブホテルと間違えて車で近づいてくる人がいると思います。
そして、太田からは赤城行きの桐生線に乗り換えました。

フォト

太田駅は3面6線の高架駅で、駅前もビルが多いだけに都市部の大きめの駅のような雰囲気ですが、走っている電車は2〜3両のワンマン車です。あと、駅名標にいつの間にか「株式会社SUBARU前」という表記が追加されていました(しかもスバルのロゴまで記載!)。「富士重工」時代の昨年に通過した際は気付かなかったので、4月の社名変更を機に付けたのかもしれません。
やはり場所柄、他よりもスバルの車が多く走っていた気がします。
桐生線で2つ先の治良門橋で下車。こう書いて「じろえんばし」と読み、難読駅名で紹介されることもある駅です。江戸時代に天笠治良右衛門(あまがさじろえもん)という人物が、洪水のたびに橋が流されて困っていた地域住民のために私財を投じて架けた石橋に由来する駅名だそうです。
東京近辺では青梅線の末端部や八高線などで見かけるような簡易改札機が設置された小さな駅ですが、意外にも駅員がいます。1時間に1本程度しか電車が来ないだけに乗降客があまりいないかと思っていましたが、反対ホームで待っている人が10人以上はいました。
ここからは歩いてゆりの里に向かいましたが、心配だった雨は上がり、ゆりの里まで傘なしで移動できました。
駅を出てすぐのところに、ツバメの巣が玄関に作られている家がありました。
その後は東国文化歴史街道(県道39号線)沿いに出たら、道路沿いの空き地に時の記念日の碑が立っていました。どういう経緯でここに設置されたのかについての解説がなかったので、何故ここにあるのかは不明です。
次いで踏切と橋を渡りましたが、この川は蛇川というそうです。ちょうどこの付近で90度近く曲がっていて、曲がりくねった川でそういう名前なのかと思いましたが、大きく曲がるのはここだけでした。
また、ここでは用水路か小さな川が2つ合流していて、そのうちの一つに小さな神社に行くだけの橋が架かっていたので、この神社を覗いてみました。浅間神社とのことで、ちょうど富士山の山開きに合わせて各地の浅間神社で祭りが行われる時期のはずですが、ここは無人でした。
また、この川沿いには市営住宅があるのですが、3階建ての建物ながら屋根が三角の瓦屋根なのが印象的でした。
しばらく道なりに歩くと、北関東自動車道と交差してその後しばらく並行しますが、セブンイレブンの付近でゆりの里への案内ののぼりに従って左折。
北部運動公園の入口があり、中に入ると公園の東隣がゆりの里でした。駅から遠くてバスもない場所なのでほとんどの人は車で来ているようで、平日ながら駐車場は空き僅かでした。

フォト

大きな猫みたいな人からチケットを買って入場。満開だと知ったのは先週末だったので、やや旬は過ぎてしまったのは否めませんが、色々な花が咲いていて見応えがありました。
見学中は最初のうちは降っていませんでしたが、途中で一時的に強く降ってしまい、ちょうど屋根付きの休憩所があったのでそこに入り、抹茶ソフトクリームを食べました。雨はすぐに止みましたが、若干足元が悪かったです。
最初は風景全体を撮っていましたが、花を1個1個アップで撮るのもいいと思い、後半のほうは花をアップで撮りまくりました。
ゆりの里を見終えた後は、歩いて太田駅方面へ移動。直線距離だと治良門橋駅から歩いた距離の倍くらいなのですが、途中に金山という山があって、これを東か西に迂回しないといけません。また、北側斜面に道がないので山を登って縦断することは不可能です。
金山は新田氏によって築城されたと言われている新田金山城跡で、現在は一帯が公園となっているほか複数の寺社仏閣があるので、時間があればこちらも見たいところでしたが、時々雨が降る微妙な天候だったりで今回は見ていません。
駅への道中は、観光マップを見たところ東国文化歴史街道沿いにある「曹源寺さざえ堂」が気になったので、これがある東回りで行くことにしました。
道中に用水路か川があり、地図を見ると渡良瀬川と利根川の間に多数ある用水路の一つらしいですが、名称は不明です。
しばらく歩くと、街道を少し奥に入ったところに曹源寺の裏門が見えてきて「布袋尊」とも書いてあり、表に回って近づいてみましたが、中央の建物は工事中でシートに覆われていました。アジサイの花はきれいでしたが、結局このさざえ堂は無念にも2年間の工期で今年10月までの予定で改修工事中でした。
その後は、住宅地や農地を抜けると、山の方に入って行く道に出て、地図で見ると少しだけ坂があるけど東国文化歴史街道を道なりに行くよりは若干ショートカットになるので、この道を進んでみました。
少し登って途中の聖天沢に出たところでこの沢沿いの道を降りましたが、「イノシシ注意」という看板を多数見かけたし、檻に閉じ込めて捕獲する罠も仕掛けてありました。
金山は周囲を田んぼや住宅地に囲まれた独立峰なのでそんなに深い山ではないと思ったのですが、イノシシが出るような山なのですね。
猿だったら追いかけられて余裕でかわしたことがありますが、イノシシに遭遇したところで逃げられる自信はありませんし、奴等は人間の急所を分かっているのか大動脈があって刺されたら危険な太ももを狙って突き刺してくるらしいです。おまけにスズメバチも見かけたので、足早に森林の中は通過しました。
途中の森林の間に住宅地があったのですがそこに小さな神社があり、調べたところ二柱神社と分かりました。この二柱神社を検索したところ、「仙台で婚活と恋愛で話題の二柱神社」と書かれた仙台市泉区の二柱神社ばかりヒットしました。
二柱神社を見た後は再び森林を抜けて住宅地に出ましたが、猫の溜まり場を発見。全て撮ることはできませんでしたが、イノシシに遭遇するかもしれない恐怖に怯えた後だけに、非常に安心させられたのは言うまでもありません。
その後は住宅街を抜けて駅方面に進みましたが、住居表示の表示板がなかなか渋い字体なのが面白かったです。
しばらく歩いてスバルの工場前に出ました。ここの地名はズバリ「スバル町」です。2001年に工場の敷地が丸ごと改称されたそうで、同様の例は愛知県豊田市トヨタ町、大阪府池田市ダイハツ町などがあります。
その後は太田宿本陣跡地の碑がある太田行政センターの前を通過。中に図書館や資料室があるとのことですが、残念ながら休館日でした。また、ここで知ったのですが、来る7月15日(土)に某所の苺とプリンが苦手な人・・・もといMay J.のコンサートが太田市民会館で行われるそうで、この日は「おおた夏まつり」の開催日でもあります。ゆりの里で次回無料券をもらったので、某所の篠田麻里子とMay J.を合わせたみたいな人を当日はぜひここに(以下略)
その後は東光寺と春日神社に立ち寄ってから、新田製パンに立ち寄りシフォンケーキを買いました。赤いブリキ看板と煙突が印象的な工場直売所はかなり歴史を感じさせる建物でしたが、大正6年(1917年)創業なので、今年でなんと100周年という老舗でした。
工場隣の太田小学校は、敷地外からもよく見える場所に古い建物があったほか、昔の「尋常・高等小学校」の表記がある石の門柱が現存していました。
また、この先には葵の御紋が入った門があり、道の名前も大門通りなのですが、この門の由来とか歴史について詳しいことが分かりませんでした。

フォト

そして、気が付いたら13時頃になっていたので食事にし、大門通り沿いに焼きそばの暖簾が下がっていた「ピンクドラゴンエリア51」という店に入り、ご当地グルメの焼きそばを食べました。
もしかしたらまだ新しい店なのか、食べログなどを調べるも情報がなかったり、店名は「エリア51」なのに、何故かメニューに「エリア50」と書いてあったりと、謎が多い店でした。そもそもエリア51というのが、UFOが匿われているとか都市伝説が多い米軍の極秘基地の通称ですが、別に怪しい店ではなかったし、「ピンクドラゴン」という名前でしたが、店を切り盛りするのはおばさん1人で、別に七つの大罪の豚の帽子亭のようにピンクの髪の人がいる訳ではなかったです。
太田焼きそばは、太麺でキャベツを多めに入れたソース焼きそばという定義があるそうですが、割とオーソドックスな焼きそばでした。オーソドックスだから万人受けするような焼きそばですね。
食後は隣の三宝山浄土院に入ろうとしましたが、幼稚園になっていて部外者立ち入り禁止なので入れませんでした。
その後は、裏道を歩きながら駅に向かいましたが、古い建物が多くあり、途中に地味目な銭湯がありました。

フォト

駅北口に出ましたが、最近整備されたようで古い店舗が多数ある古くからの駅前通りの横にきれいに整備された広場と「太田市美術館・図書館」がありました。
また、古い商店街の中にはハラルフードと書かれた店が2つあったほか、インド料理などのエスニック料理店も多かったです。大規模な工場のある街は外国人が多く、特にパナソニック(旧・三洋電機)工場のある隣の大泉町は日系ブラジル人が沢山在住していることで有名です。
その後は太田市美術館図書館に入りました。内部のフロアが螺旋状になっているガラス張りの円形の建物が非常に特徴的で、4月にオープンしたばかりだそうです。一見すると1つの建物に見えるのですが、実は5つの鉄筋コンクリート製の建物を鉄骨製のスロープで繋いでいるそうで、そういう造りも独特ですね。
中は1階に「キタノスミスコーヒー(KITANO SMITH COFFEE)」というカフェがあり、地産地消、自家焙煎などを売りにしていて雰囲気もよかったので、焼きそばを食べたばかりですが入ってしまい、ひき肉の醤油マヨネーズキッシュを食べ、スパニッシュラテを飲みました。飲み物のラベルが群馬県の地図に太田市の位置を示したものになっているのですが、これがなかなか洒落たデザインでよかったです。
空いているテーブル席に座りましたが、隣の人が整形前のスザンヌ(または七つの大罪のゴウセルの実写版)みたいな人でした。
キッシュは、中身がしっかりと詰まっていてなかなか美味しかったです。スパニッシュラテは練乳の甘さがやや強めでしたが濃厚で、これもよかったです。最後に練乳が底に残ってしまうのが少々気になりましたが。
カフェで一休みした後は図書館内を見ましたが、芸術関係の本を中心に置いていて、満洲映画について解説した本があり、これがなかなか興味深かったです。第1巻に「康徳5年」と書いてあり「?」と思ったのですが、これは旧満洲国の元号で西暦1938年=昭和13年だそうです。康徳12年(1945年)の終戦と満洲国崩壊まで使われていたそうです。
ちなみに、語尾に「〜アルヨ」などを付けるよく「中国人が使う日本語」とされる言葉がありますが、これって実は当時の満洲国でよく用いられていた言葉らしいですね。ブラジルの日系人社会にも同様の言葉があるらしいです。
図書館を見終えた後は、駅前ロータリーにある新田義貞と脇屋義助の銅像、北関東の駅前ではある意味必須アイテムとなりつつある温度計を見ました。
その後は駅の南北自由通路を抜けて南口に出ると、昔ながらの住宅や商店が多い北口とは異なり高層のビルやマンションが多く、近代的な光景でした。
また、駅前に「鳥や動物に餌を与えないで下さい」という看板があったのですが、やはり太田もブラジル人が多いようで日本語、ポルトガル語、英語の順に表記されていたのが印象的でした。
少し歩いたところにある太田市役所も高層なのですが、予想外に立派な庁舎で驚きました。実は太田は、高崎、前橋に次ぐ群馬県3位の人口を誇る都市で22万人います。しかも人口減少社会でありながら増加傾向だそうで、同じ東武沿線だと、春日部市、草加市とほぼ同じくらいの人口です。東京周辺だと20万人都市は沢山あるので重要性も存在感もあまり高くないかと思いますが、地方都市だとこれくらいの人口があれば地域の中心都市になるので、それなりに立派な街です。
最後は、駅前のドンキホーテに立ち寄りました。元々は多分別の店舗だったのだろうけど何だったのだろうと調べたら、かつてはユニーを中心とした「ベルタウン」という商業施設だったそうです。郊外にイオンモールができたことにより衰退して閉店し、撤退後にドンキホーテとその他専門店がいくつか入居したそうです。
フロアは広いけど、2階が丸々閉鎖されていたり1階も空いているところが多かったりで、お世辞にも賑わっているとは言い難かったのですが、色々な店がありました。
また、専門店街にウィッグ店があったのですが、ここで七つの大罪のゴウセルのようなピンクのかつらを発見。日曜に誕生日のゴウセルのコスチュームが似合いそうな整形前のスザンヌみたいな人への誕生日プレゼントで買おうかと思ってしまいました(嘘)。
店内に「Muito Obrigado」(ありがとうを意味するポルトガル語)と書かれ、スバル・サンバーと思われる車が描かれているのも太田らしいですね。
その後は帰路につきましたが、疲れたせいか頭が痛かったりでほとんど寝ていました。ただ、昔だったら1本で行かれたところ、館林と久喜で2度乗り換えが必要になるのは面倒ですね。電車が3両→6両→10両と乗り換えのたびに長くなるので、需要に応じて適切な対応をしているのは分かりますが。
あと、途中の花崎から野球やボクシングで有名な沿線有数のマンモス校の花咲徳栄高校の下校時間に重なり、久喜で乗り換えるまでは通勤ラッシュ並みの混雑でした。かなり昔に、東武動物公園〜加須間に臨時の通学列車が運行されていた時代があったらしく、そういうのがあった方がいいのではと思いました。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40600801.html
(2)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40600824.html
(3)https://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/40600848.html
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