「結末は最初から決めてた。シナリオの道筋は変わったが大筋は変わってない」「モチーフは新選組。滅びの物語を作った」
http://g-matome.com/archives/post-32196.html
ガンダムでの新撰組モチーフは「センチネル」のニューディサイズで すでにやったネタではあるのだけれども、センチネルはアニメ化されていないし、ニューディサイズも敵側なわけで、その辺はノーカウントなのだろうか。
オルガがちょっとアレな感じで途中退場してしまったのが、アレな感じで処刑されてしまった近藤勇がモチーフだったからなのだろうか。となると、最後の戦場となった鉄火団本部は、五稜郭ということになるだろうか。そう考えてみると、それっぽく見えないこともない。
しかし、新撰組は理想や志があるので「滅びの美学」みたいなのが光るけれど、鉄火団は 理想や志とは関係なく、生き残ろうともがいているうちに 巻き込まれての戦いばかり。それで滅びていく様を見せられても、ただただ悲惨なだけだよなと。
新撰組的滅びの美学を見せようとして、出来上がったのがオルフェンズなのだとしたら、制作側の考える滅びの美学は、私の考えるものとは結構違う感じがする。
というか、滅びの美学は そこに至るまでの経緯が大事なわけで、「道筋(=経緯)は変わったけれど大筋は変わっていない」というのは、かなり大きな違いだろうと。
「ガエリオは主人公声だったので ストーリーを変更した」「マクギリスがラスボスの予定だったけれど、諸処の事情で変更した」。これだけのストーリー改変を認めていて、そこに至るまでが大事な滅亡エンドなのに、「大筋は変わっていない」で済まされるというのは 正直納得いかないよと。
とりあえず、主人公サイドを負けさせて、主要人物を殺しておけば「滅びの美学」だと思っているのであれば、さすがに滅びの美学を舐め過ぎだろうと。最終回後に発表されたコメントで、スッキリするものは何一つとしてなかったわけで、制作サイドは もう黙ってくれないかなというのが正直なところ。
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