昨日、三江線はかなり込み合うと聞いていたので、5時前に起床。
5時には駅へと向かった。
既に2人ほど鉄がいた。
なので此方も三江線乗り場に陣取る。
三江線の列車はライトも着けて、江津駅の構内に待機している。
聞いていた通り段々と人が多くなって来て、列が伸びる。
30分位だったか、列車が入線してきた。
キハ120の2輛編成で、セミクロスの車輛だった。
乗り鉄だけでなく、廃止が決まったから乗りに来たと思われる旅行好きのグループもあり、座席はほぼ埋まった。
更に追い討ちを掛ける様に浜田からの一番列車が来た。
この列車からも乗り換え客が居て、ロングシート以外はほぼ満席となったが、好きで立ってる人以外は座れる状態だった。
ただ、地元の利用者は居ない様だった。
5時53分、三江線三次行きが発車。
三江線は、全線が江の川に沿って走る。
江の川は、河口に平野を作らず無能川などと呼ばれるが、川幅が広く水量も豊富でゆったりとしている。
○○峡などと云う景勝地も無く、中国山地を越えた広島県側から日本海まで流れている。
なので古くから河川交通が発達しており、粕淵や石見川本、三次などは江の川の河港として発達した町である。
ゆったりと広く、水を湛えた江の川に沿って、余り速度を出さずに走る。
浜原までは、江の川に忠実に沿っている。
速度は、例によって時速25キロメートル規制の区間も多く、却って江の川の景色を堪能出来る。
生憎の雨だが、山裾から立ち上る靄が却って美しい。
千切れて、川面近くにまで漂っている。
何とも幻想的な風景である。
車掌が廻っているから、乗車記念に粕淵から浜原までの乗車券を作って貰った。
何の気なしに路線図を見ていたら、「竹」と云う駅があった。
更に「潮」と云う駅もある。
「竹」も「潮」も駆逐艦の名称であるから、竹から潮までの乗車券も作って貰った。
その、竹駅に着いて驚いた。
三江線には、全ての駅名に石見神楽の演目を愛称として併記している。
例えば川戸駅には「鈴鹿山」の愛称が付いている。
そして竹駅の愛称は「鹿島」であった。
「鹿島」と「潮」とはまさに艦これである。
粕淵を過ぎて浜原で列車交換を行う。
浜原は、三江線が三江北線、三江南線とに別れていた時の、北線の終着駅。
ここから南線の終着駅だった口羽までは1975年に開通した新しい路線。
鉄道公団が、地形を無視して直線とトンネル、高架線で結んだから、一気に速度が上がる。
江の川に沿わずトンネルばかりで味気無いが、その新線区間に潮駅があった。
ホームには15人ほどの乗客が並んでいた。
そして業務用のカメラを抱えた人もいる。
潮からの団体は、駅近くにある潮温泉の泊まり客だろう。
三江線で初めてまともな乗客を見た気がする。
潮温泉には宿は一件しか無く、「大和荘」と云うそうだ。
http://www.all-iwami.com/modules/guide/index.php?action=SpotView&spot_id=115
一度、泊まってみたい。
その時には江津までは特急「スーパーまつかぜ」に乗らねばならないだろう。
駅には「歓迎 さくらの郷 潮へようこそ」と書かれた幕が張られ、駅は満開の桜の並木に彩られている。
新線区間の見所はまだある。
宇都井駅がそれで、山間をトンネルで抜けた所が、集落から地上20メートルもの高さになったのであり、天空の駅と云われる。
トンネルを出るとすぐに宇都井のホーム。
こんなに高いと云うのにエレベーター等の設備は無い。
余りにも得意な駅な為、しばしばテレビや雑誌で紹介されている。
宇都井の集落を一望する事が出来た。
そしてすぐにトンネルに入って仕舞う。
口羽に着いて、南線の区間に入る。
目に見えて速度が落ち、25キロメートル規制も復活した。
トンネルばかりの路線なら速度重視だが、地形に逆らわずに走る路線なら、これくらいの速度の方が適当である。
江の川に対する目線も低くなる。
そうして、随分と平地が広がり、拓けて来たら終点の三次。
9時21分の到着で、折り返し石見川本行きになる。
待ち構えた様に乗客が乗り込む。
広島方面からの列車が到着したら、その乗客たちも我先にと跨線橋を三江線ホームに移動するから、2輛編成の気動車はたちまち立ち客で満員になってしまった。
此方は10時30分な快速「みよしライナー」広島行きだから、1時間以上も時間がある。
折角なので観光案内所や土産物コーナーを見てみる。
キハ47の快速「みよしライナー」に乗車し、たちまち睡魔が襲って来た。
目が醒めたら玖村で、大分と混んでいた。
11時58分に岡山着。
次は12時8分の可部線、あき亀山行き。
可部線も2003年にモハ42が引退する際に寄った。
その当時は広島から可部、そして三段峡まで結んでいたが、モハ42の引退と同時に可部-三段峡は廃線になってしまった。
しかし、その廃線区間のうち可部からあき亀山までが今年の3月、復活したのである。
戦時中の不要不急線は別として、廃線区間が復活するなど前代未聞である。
ただ、あき亀山は、当時の安芸亀山より大分と可部側だそうだが。
車輛は227系で、可部線から105系も駆逐された様である。
車内は通学の学生などでかなりの混雑。
正直、あき亀山延長開業などと云う事でも無ければ、乗る事も無かったであろう。
沿線は広島市の近郊区間で、面白味も無い。
ただただ、新線開業の義務感だけで乗車している。
可部でようやく余裕が出た。
ここから二駅が新線区間。
あき亀山には12時52分に着いた。
折り返しの広島行きは13時3分。
ホームに隣接して留置線が引かれているが、どうにも殺風景な感じがしてならない。
折り返しの列車も可部を過ぎると混み出し、広島の手前では超満員であった。
広島には13時45分着。
一本遣り過ごし、14時6分発の糸崎行きを待つ。
時間があるので、駅隣接のショッピングモールへ。
お茶と酒を購入しておく。
ホームに戻り暫くしたら糸崎行きが入って来た。
広島で乗客を入れ換えるので、難なく座れる。
広島から糸崎は、山側を走る。
特に瀬野から八本松の区間は機関車時代には難儀した、山陽本線最大の難所。
カーブと勾配が続くが、227系はものともしない。
実に快適な走りである。
ふいに山間から天空を行く巨大な橋が見えた。
一体、何事かと思ったが、広島空港大橋と云うものらしい。
糸崎には15時24分着。
次の列車は15時36分発の姫路行きで、なかなかのロングランである。
混雑する岡山で、姫路行きに乗り換えなくて済むのは随分と楽だ。
車輛は115系で、山陽本線はやはりこれで無ければならない。
姫路に、18時43分着。
山陽百貨店まで出向いて、
家島白鷺サーモン
鯛湯霜造り
穴子と鰻のちらし
の三点を購入。
勿論、酒も。
19時26分の、新快速長浜・米原行きに乗車。
また、乗り鉄したい。
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