聞いた話では、さんふらわあのレストランは人気で、直ぐに座席が一杯になると云う。
なので、出港後、甲板で景色を眺めながら、17時20分位にレストランへ行ってみた。
既に何人か並んでおり、更に行列が出来つつあった。
さんふらわあのレストランは、営業時間も短くて17時半から20時迄である。
だから早くから並ぶのだろう。
自販機で、晩飯の食券を1540円で購入。
17時半、レストランが開店した。
バイキング形式だから先ずはメニューを選ぶが、なかなか種類が豊富だ。
一通り選んで、窓側の席に座る。
メニューは、
烏賊素麺
鮪叩き
野菜炊き合わせ
鰤照り焼き
エビチリ
唐揚げ、春巻
豚角煮
ハンバーグ
チキンサラダ
酒は「櫻正宗特別純米 宮水の華」
そして生ビール。
和洋中と揃っており、味もなかなかである。
窓の外には、夕陽に照らされた淡路島が、何処までも着いて来る。
思えば、船内のレストランで食事をするのも初めてである。
関空沖を段々と日が沈み、遂に淡路島の向こうへ落ちて行った。
一瞬輝き、余韻を残しながら暗くなって行く。
その光景に、また一層、酒が進む。
適度な揺れが、良い心地で廻る。
肴が足りなくなったから、ローストポーク、オクラ沿えシーフードマリネ等を追加する。
烏賊素麺と、鰹の叩きが出ていたから、更に酒が進む。
一人酒とは云え、尻が長くなる。
〆に、カレーとパンプキンの冷製スープを頂いたら、20時の少し前であった。
展望風呂も、21時迄だと云うので、食休みしてから入った。
流石に浴室はそこまで広くはなかったが、気持ちは良かった。
21時前に上がり、寝支度。
狭い雑魚寝ではあるが、定員の1/3程度で空いていたから、まだマシである。
適度な酔いと疲れに誘われ、何時の間にか眠りについた。
明け方と云うか、未明の4時20分頃、目が醒めた。
ロビーの案内を見ると、日向灘沖を航行していた。
そのせいか知らぬが、結構揺れている。
もう一度、眠りに付いたが、揺れのせいか寝付けない。
起きたり寝たりしていたら、ふいに明かりが付いて、案内放送が入った。
レストランの案内もあったが、昨夜、大食して余り食欲も無かったので、そのまま横になっていた。
志布志が近付き、案内放送が入ったから、ロビーへ出た。
9時前、志布志港に着岸。
暫く待って、下船出来た。
志布志港から志布志駅までは徒歩で20分ほど。
南港の埋立て地みたいな、殺風景な道を歩く。
物流倉庫が点在し、まさに臨海地域。
何故か、こぬか鰯を焼いている匂いが充満していた。
志布志駅に着いても、次の列車は11時34分。
なので、近くにある大慈寺へ行ってみた。
大慈寺は臨済宗の寺で、東福寺の末寺。
後に妙心寺の末寺となった名刹であるが、 明治2年の廃仏毀釈により廃寺となった。
しかし、明治12年に復興を果たし、現在に至っている。
駅からは10分程度で、大慈寺に着く。
本堂にお参りし、境内を散策。
枯山水の庭が見事である。
流石は薩摩藩島津家の庇護を受けていた寺である。
薩摩の名だたる人物が、修行に来ていたそうだ。
御朱印を頂きたく、寺務所へ。
話好きな住職が、資料片手に由緒を説明してくれた。
江戸時代には、今以上の規模であった事。
水戸光圀の命で助さんが来た事。
西郷隆盛の師匠が住職をしていた事など、色々と教えて頂けた。
大慈寺の門前に、鹿児島ラーメンの老舗にしてチャンピオンであるマルチョンラーメンの本店がある。
小腹も空いて来たし、何より朝8時から店を開けていて、10時過ぎだと云うのに営業していたから入ってみた。
鹿児島ラーメンは初めてだが、見た目以上にあっさりしていて、しかしコクがあり、大変に美味であった。
麺は中太のストレートで、むっちりと透明感のある麺で、今は亡き高槻の名店「鳳ラーメン」に通ずる物があった。
志布志駅に戻り、南宮崎行きに乗車する。
車輛はキハ40。
まだ30分以上あったから、観光案内所などを覗いてみた。
11時34分、発車。
日南線も22年振り。
青い海が美しい。
直ぐに宮崎県に入り、半島縦断の山越ルートになる。
その途中、榎原で列車交換をした。
そして南郷を過ぎると再び海が見える。
大堂津の海岸が美しい。
油津でも列車交換で多少の停車。
日南を過ぎて再び山の中。
広渡川に添って走る。
海と山と、色んな景色を堪能出来る路線である。
北郷で列車交換。
そしてまた海が見えて来る。
小内海から内海の間は、また変わった海岸であった。
宮崎空港からの路線と合流すると、直ぐに終点、南宮崎で14時10分に到着した。
14時20分の宮崎行きに乗り換え一駅、終点の宮崎に着いた。
この電車が折り返し14時40分発の西都城行きになる。
発車まで20分近くあるから、その間に「30周年ネット九州パス」を発見してもらう。
無事にチケットを受け取り、西都城行きに乗車。
南宮崎を出て暫くすると、本線とは云いながらローカル線の雰囲気。
日向沓掛で、交換列車が8分の遅れ。
単線に付き物の遅れに気が気では無いが、折角なので駅前に出てみた。
田野を発車したら、車掌が検札に来た。
今は余り検札に来ないので、貴重な経験である。
定刻より4分程遅れて、16時1分に都城着。
吉都線に乗り換える。
キハ47、40の2輛編成。
吉都線も22年振りで、当時は宮崎から急行「えびの」に乗車して、吉都線初乗りを果たした。
都城を出て、暫くは平野を走る。
日向前田を出ると上り勾配がきつくなって来る。
霧島連峰が美しい姿を見せている。
そんな中を走って、小林が近付くと、何やら大都会に来た様な錯覚を覚えた。
小林からも、霧島連峰か美しい姿を見せている。
そして、えびのにて列車交換。
時間があったので、駅前に出てみた。
小林とは違い、古い駅舎を残していた。
交換列車が来て、吉松行きも発車する。
霧島連山を眺めながら17時50分、吉松に到着。
都城発の列車は、そのまま肥薩線の隼人行きになる。
その内に、都城行きも入線して来た。
まだ次の人吉行き迄は時間があるから、晩飯の買い出しにと思ったが、吉松駅周辺に商店は無く、駅弁屋も閉まっていた。
人吉からの肥薩線吉松行きが到着。
この列車が折り返しの人吉行きになる。
暫く待って、客扱いをする。
しかし、折り返しの八代行きに乗車したのは私一人。
まさに貸切り常態。
ここから肥薩線でもっとも景色の美しい区間を走る。
人跡未踏な山の中を走り、スイッチバックの真幸駅に到着。
次の矢岳までの線路も、深い山の中。
見下ろす下界の様子は、三大車窓に相応しい。
その矢岳で日が落ち、ループ線とスイッチバックで名高い大畑に到着した頃はもう真っ暗闇であった。
ここから山を下り19時19分、人吉着。
発車は38分なので、それまでに食糧を調達せねばならない。
駅弁屋は既に閉まっており、頼みは駅前の商店。
しかし、駅前の商店はお土産屋ばかり。
なので、お土産屋に「弁当は無いか?」と聞いたらファミマを紹介された。
仕方が無いので、コンビニ飯となった。
人吉からの乗客は私入れて3人。
人吉からは5年振りの乗車。
暗闇の中を球磨川に添って走る。
何も見えない。
ビールを空けたら、間もなく八代との案内が入った。
20時55分、八代着。
いよいよ本日のラストランナー、20時11分発の普通大牟田行きに乗車。
車輛は815系で、今回初乗車。
30分程で、熊本に到着。
時刻は21時49分。
駅前の東横イン熊本駅前、1013号にチェックイン。
長い一日が終わった。
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