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2017年02月24日20:16

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25日の中山3Rに、あの馬の「本当の名前」を見つけた

今朝の日刊スポーツの競馬欄を見たら、ミホノブルボンの訃報が載っていた。この馬が2冠を獲ったのが92年で、この年の菊花賞を最後に引退したから、翌年から競馬を始めた私にとっては、「名前だけは知っている名馬」である。それでも、後日談的に、本とかで色んなエピソードは目にしているから、寂しいニュースである。

「坂路の申し子」ミホノブルボン死す 老衰、28歳
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=4447873

ただ、今日の日記の本題は、ミホノブルボンではない(^_^;この馬より少し先輩で、一緒には走ってはいないが、同じ年の同じ月にGIレースを勝ち、後に、私の競馬人生に多大な影響を与えた馬に関することである。その馬とは・・ダイユウサクである。

古くからの競馬ファンには説明の必要もないと思うが、ダイユウサクも、エピソードには事欠かない馬である。デビューは、3歳(現在の年齢に換算・以下同じ)の秋。最初の2戦はタイムオーバー相当の大惨敗であった。しかし、4歳になると頭角を現し、この年は5勝を挙げた。5歳時は準オープンで勝った次走に天皇賞(秋)にも出走し、その後オープン特別で連勝した。

そして、明け6歳。金杯で重賞初勝利するも、故障もあって、パッとしない。12月になって、阪神での特別戦に勝ち、推薦枠で有馬記念に滑り込んだ。管理する内藤調教師の無謀とも思える挑戦に、厩舎のスタッフすら驚いたが、その結果は、世間を大いに驚愕させる、単勝万馬券での勝利であった(^_^;

その鞍上が、当時の所属騎手であった、熊沢騎手である。このときは、私は競馬をしていなかったので、このレースで大儲けしたなんてことはなかったが、競馬ファンでなくても知っている大レースで大波乱を巻き起こした騎手の名前は、頭の片隅に残っていた。この記憶こそが、現在の、熊ちゃんファンの私を生み出したのである。

ダイユウサクについての、レースとは関係がない有名なエピソードに、名前の決まり方がある。本当は、オーナーの孫の名前を付けて「ダイコウサク」にするつもりだったが、登録の書類に書き込んだ「コ」の字の下の線が微妙に長くなって「ユ」に見えて、そのまま「ユウサク」と登録されてしまったのだ。その原因は・・熊ちゃんだったとか(^_^;

・・で、前置きが非常に長くなってしまったが、K−BARのイベント「鉄板」の投票馬を探すため馬柱表を見ていたら、明日の中山3Rに「ダイコウサク」の名前を見つけた。オーナーの名前はダイユウサクとは違うが、名字は同じなので、恐らく、息子さんなのだろう。と言うことは、この馬の由来は、オーナーの息子さんか、甥っ子かということになる。

まさか、今になって、ダイユウサクの「本当の名前」に巡り合えるとは思わなかった(^_^;関東馬だから、熊ちゃんが乗る機会はないと思うけど、もし、今後出世して、有馬記念に出られるようになり、その背中に熊ちゃんが乗ってたりしたら、もう、何を置いても現地に応援に行っちゃうやろな〜(^_^;
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