貧困女子高生特集、いまだにくすぶる 今度は片山さつき議員が「NHKに説明求める」
http://www.j-cast.com/2016/08/21275698.html
サブタイトルに「――新聞記事ができるまで」と付けたが、それは僕の経験談を表しているのであって、件の新聞記事の「彼女は貧困ではない」などとアホなことを云うためでもないし、弱い者イジメでのし上がった件の女性国会議員を擁護するためでは決してない・・・。
■やはり、相対的貧困です。
まず大量のアニメグッズ+1000円以上のランチという組み合わせは、実家暮らしの高校生ならば、貧困状態でも十分にあり得る支出である。
彼女の趣味や息抜きを否定するのならば、「ビンボー人は、文明の利器に触るな!」と云わんばかりに家電製品の所持の否定につながるし、「ビンボー人は、残飯を食え」「ビンボー人に、教育を受ける資格なし」という残酷な考えまでは、もう一歩だ・・。
てゆーか、僕が引用したような記事が幅を利かせている段階で、十分に残酷なんだけどね!
そして、「ビンボー人なら、アニメグッズを買えないはずだ」とか、「ビンボー人なら外食できないはずだ」と、小さな差異をあげつらって「彼女はビンボーではない」と述べるならば、つきつめていくと「ホンマモンの貧乏人」は、「既に餓死した人々」しか残らない気がするのだがな【怒】。
このような考え方は、ちょうど10年くらい前に「負のインフレーション」として論破されていたように記憶している。
むしろ!記事中にあるように小さな差異をあげつらって、「〜があるから貧乏ではない!」と述べる人々が増えたということは、むしろそれだけ、承認欲求を満たすことのできない人々が社会において激増したことの証ではあるまいか・・・・。
タイトルにある「相対的貧困」は、周りと同じ「人間的かつ文化的な生活」を送ることのできない状態を意味する。
専門学校の入学費用である約50万円を賄えず、将来の見通しが立たず、高校卒業後になんの技術や資格を持たずに非正規雇用の労働市場へと放り出されるのならば、将来の「もっとつらい相対的貧困=家庭や趣味をあきらめざるを得ない」が半ば約束されているのも同然だからね。
現に、記事中の彼女はエアコンもパソコンも無い生活を現に送っている・・・。パソコンが有れば、事務作業やレポート・論文作成が数倍以上の規模ではかどり、事務労働等へのエントリーもしやすくなるのだが、パソコンが無いばかりに職業選択の幅が狭くなるのならば、これも立派な相対的貧困である。・・・おまけに、この猛暑にエアコン無しの生活ですぜ・・・・。
このような状況にある彼女に対して、片山さつき女史は「NHKに説明を求める」とのたまっているが、片山さつきがホンマモンの政治家ならば弱い者イジメをせずに、記事中の彼女に有効な社会保障制度や奨学金制度等の紹介をすべきだったのである。そうすれば、新たな支持層を開拓できたのかもしれないのに・・・。
■新聞記事ができるまで
実は僕も2006年から2007年に、相対的貧困ならびに非正規雇用問題を世に訴えるために新聞記事に出たことがある。
しかも、そのうちの一つは実名記事だ。
そこで判ったことは、貧困関係の新聞記事をつくることは、ものすごく手間と労力がかかり、極めて気をつかう難しい仕事だということだった。
そもそも、ニュースソースに辿り着くことが困難である。
そりゃそうだろう。「俺こそ、本物の貧乏人だ」などと名乗る人は世の中にほとんどいないからだ。
記事中の女子高生も「エアコンとパソコンが無いことによって、自分の家が貧乏であることをはじめて知った」と述べているとおり、当事者が気づいていないケースも膨大である。
その結果、新聞記者は当該問題において活動している社会運動団体をあたり、腰を低くして「貧乏な人を紹介してもらえませんか?」と、頼むことになる。
依頼された当該団体のほとんどが、「そのような恥知らずな依頼が、よくできるもんだな」と激高するという。
だが、その後、運動に与える影響等を考えた結果、運動団体の担当者は、あれこれと悩んで「人選」したあげく、運動団体内の該当者にこれまた腰を低くして頼むこととなる。
件の記事中の女子高校生が、取材に応じたのも、このような経路を経たうえでのことなのだろう。
ちなみに僕のケースは、2006年〜2008年にかけて問題となっていた派遣労働に関する記事だった。取材に来た新聞記者は、いずれも僕と同年代の男性記者だったものだから、僕としては、
「彼も正社員とはいえ、長時間労働+薄給で苦労してんだな」
と考え、取材を快諾した。もっとも、その頃の僕の収入は年収120万円以下で、しかも独り暮らしだったのだが・・・。
ちなみにインタビューそのものは、和気あいあいと進んだ。
その後、1週間ほどで、新聞記事となったのだが、1つの記事は匿名とはいえ、某朝△新聞の1面を占めていた(それも全国版・・・)。
通勤の満員電車の中で、多くの人々が僕が出ている記事をのぞき込むのを見たとき、「その日のニュースソース」たる僕が思ったことは、「無名であること、あるいは、匿名性が確保されて送る日常生活の有りがた味」であった・・・。そう、「セレブなんかに、なるもんじゃないな・・・」と。
結局、僕が取材に応じた記事は、2009年夏の自民党の衆院選惨敗・下野に、極めて微力ながらもつながった。
片山さつきが、弱い者虐めに精を出すのは、このような記事の「破壊力」を身をもって知っているためであろう。逆に云うと、「ワーキングプア特集」のような記事が、現政権に対する効果的な戦術であることを暴露しているようなものだ。
記事中の女子高校生に対して「僕のように戦え」などとアホなことを云うつもりはない。それどころか、すでに戦いに身を投じてくれた。
今は、しっかりと休み、心身をケアしていだたき、「有名税」をどんどんと滞納してもらいたい。
そもそも、こんな桎梏だらけの世の中なんざ、長く続かないわけだしね。
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