「院長の独り言」より
http://onodekita.sblo.jp/article/175495879.html
>さて、今回紹介するのは、高島哲夫氏がPHP研究所から出版された「福島第二原発の奇跡」である。PHP出版はご承知の通り、原発推進企業の一つであるPanasonic(松下幸之助)と関係が非常に深いため、中身は原発礼賛となっている。が、福島第二の危機を読者にわからせるためには、福島第一の危機もまた伝えなければ、片手落ちになってしまう。このため、いくつか福島第一の「真実」がそれとなく書かれている。東電関係者と何度となく推敲したのであろうが、つい書いてしまったのであろう。
福島第二原発は、以前私が保修課の一員として5年間勤務していたこともあり、事故当初より非常に注目していた。私の最も最初の記事は、
2011年03月14日にかいた福島第二原発状況分析(とりあえず冷温停止)である。福島第二原発も、福島第一原発と同様、一歩間違えば爆発していてもおかしくない状況のはずだとは容易に想像できたため、調べた上でまとめたのである。東日本大震災から3日後の記事であることに注目してほしい。そして、この後も福島第二原発の記事はほとんど紹介されず、第一原発のことばかりであったことは皆様ご承知の通り。この3日間のことをまとめたのが、上記ドキュメンタリーである。
福島第二原発にかぎらず、原発はすべて安全で再稼働すべきだという論調で書かれているため、読んでいて非常に違和感を感じてしまう。福島第二原発は、自分たちの原発の事故収束以外にも福島第一の危機的状況にも対応せざるを得なかったために、二重の負荷がかかっている。その負荷を読者にわからせるために、ついつい福島第一原発の事故状況にも触れる必要があるわけで、その記述から福島第一3号機の状況についても触れられていた。
Kindle版 1595
福島第一原発3号機建屋が水素爆発
午前11時11分、福島第一で3号機建屋が水素爆発を起こした。1号機に続く二度目の爆発だ。
緊対の中が静まりかえった。
この時は応援部隊が来て、多くの者が外で作業していた。増田は直ちに免震重要棟に全員待避するよう指示した。どのくらい放射性物質が放出されているかわからなかったが、中性子が検出されている。
副釜第一原発と第二原発の距離は約10キロ。これだけ離れているのに中性子線が検出されたとすれば、3号機の爆発がとてつもない者であったことがわかる。中性子線は直進するのだから、建屋のコンクリートを突き抜けて、10キロまで到達したわけである。中性子線が観測される状況とは何かと言えば、核分裂反応以外にない。つまり、この記述は、福島第一3号機で核爆発が起きたことを意味しているのである。
福島第一の3号機が爆発したときは、福島第二はすでに冷温停止のための最終作業に入っていた。復旧した海水熱交換器建屋の残留熱除去機器を使って圧力抑制室の温度を下げていくのだ。
しかしまだ作業は山ほどあるし、予断を許さない状況だった。
渡辺は外で作業をしていて、ポコンと言う音を聞いた。福島第二まで届く、不気味な音だった。
急いで免震重要棟に戻ったら、福島第一で爆発だと聞いた。慌てて外にいる全員を集めて免震重要等に避難させた。
しかし、爆発を知ってからも、そればかりを考えている時間はなかった。モニタリングポストの数値が上がったとかいろいろ聞いたが、いちいち構ってはいられないというのが実情だった。マスクをしてタイベックを着てでも、なんとしても作業は続けると心に誓っていた。
3号機爆発の際の公式発表を見ると、
午後1時55分現在、モニタリングポスト(MP6)付近の測定値は15μSv/h(マイクロシーベルトパーアワー)であり、放射線量の上昇傾向は確認されておりません。
午後3時現在、当所の南側(約10km)風下に位置する福島第二原子力発電所のモニタリングポストの指示値に、これまでと比較して大きな変動はありません。
明らかに矛盾しているが、おそらくこの「公式」発表を好意的に解釈すると
・大きな変動を見せていないモニタリングポストもある
ということにしかならない。福島第一の放射能の影響がなければ、タイベックもマスクも必要ない(福島第二は、それほど大きな放射能漏れは起きていない)のである。それを、福島第二原発の職員の献身的な働きを示すために、ついぽろっと、放射能が上昇したことを入れてしまったのだろう。
実際、3.14フクシマに原爆が落ちた日−キノコ雲を見た消防士
福島第一原発で起きた水素爆発の様子を近くで活動していた消防士がカメラに収めていました。
これがその写真です。去年3月14日午前11時すぎ、第一原発3号機の水素爆発で立ち上る煙。爆発のすさまじさを物語っています。この写真を撮ったのは、原発から4キロほど離れた地点にいた消防署員。給水が途絶えた原発内に水を運ぶため、川の水をくみ上げる準備をしていました。
「はっきり見えました。間違いなく爆発が起きたと思いました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
放射性物質による被ばくを避けるため、風向きを気にしながら原発の方向を見ていたときの出来事だったといいます。
「キノコ雲が出てきて、『パン』という甲高い爆発音。『ゴー』という地鳴り」(双葉消防本部・志賀隆充指令補)
爆発後、現場の放射線量が急激に上がり、慌てて避難したといいます。
「現場の線量も急激に上がったので、緊急的に撤収作業をして引きあげました」(双葉消防本部・志賀隆充指令補) (08日10:47)
この記述も、この本の記述と一致する。
すなわち、3号機はどこをどう考えても核爆発なのである。CTBTの核監視能力を見ると、何年経ってもそこで核実験をしたかどうかを調べることができるようである。福島第一3号機の建屋内で、きちんと調査すべきなのに、まったくやっていない。原発事故で核爆発が起きたかどうかをたしかめることこそ、本当に必要なことなのではないのか。フクシマ原発事故でCTBTの監視結果が非常に重要であることは間違いないのに、あきらかに情報を出し渋っている。このことこそ、3号機が核爆発であること逆に示していると考えている。
■伊方原発3号機、7月26日再稼働へ 四国電力方針
(朝日新聞デジタル - 06月18日 15:47)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4050206
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