http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16592 (写真入り記事)
仕事と時間に追われていると、心穏やかに過ごせなくなります。
今日は、下の子どもたちの学校の運動会がありました。しかし、チラッと見ることくらいしかできませんでした。上の子の学校のPTA委員総会があったからです。
祈り、聖書を読み、ネットで文章を投稿するという朝のお勤めが終わると、少し時間にゆとりがあるとシャワーを浴びてから朝食を食べます。
時間が経つのは早いものです。あっという間にPTA委員総会開始一時間前になりました。電車なら余裕がありますが、今日は複数の予定が入っているため、車で出発しました。
目の前でノロノロ運転する車を見ると無性にイライラします。イライラしても何も変わらないのはわかっていますが、遅刻はできないので少しでも早く前に進むため、イライラし、緊張しながら運転しました。
途中で、「これはまずい!こんな精神状態で居てはいけない!」と、自分に言い聞かせました。
もっと早く家を出れば良かったのですが、過去には戻れません。まずは、現状を受け入れました。
「神がすべてを支配しておられ、万事を益に変えて下さる」ことを思い出しました。
神に任せないで、あくせくすることをやめ、神にドーンと私自身を預けました。
穏やかな気持ちで運転をし、駐車場もスムーズに見つかり、総会開始2分前に会場に着きました。
私が、メンバー紹介と、活動報告をすることになっていたため、副の方が心配して電話をくれましたが、電話が鳴った途端、お互いに顔を見合わせました。ホッと肩の荷を降ろしているようでした。
一部が終わり、出番が終わったので帰ろうとも思いましたが、神にすべてを委ねて、「どういたしましょう?」と祈ると、「最後まで参加したらいいんじゃないの」と神が導かれました。
二部は、PTAの委員以上でないと聞けない、教師たちの本音トークを聴くことができました。
PTA活動に関わることで得られるメリットは、学校の内部事情を知れることと、学校の行事などの活動に関われることです。
すごく有意義ですが、今では子どもたちが三校にまたがって通っているので、一校に関わるのが限界だなと思います。
私一人でできることには限界があります。「やる!」「やらない!」の黒白で決めるのではなく、限界を受け入れつつ、無理のない範囲で関わっていくのがいいのかなと思います。
今日は、他に3つ、4つの用事がありましたが、祈りの中で、それらを吹っ飛ばして、ハンドルを御茶ノ水に向けて、「伝道団体連絡協議会 フェスティバル」に顔を出すことにしました。
エレベーターで関係者の女の子に会いますと、「菅野先生、驚くほど参加者が少ないんですよ」と、出鼻をくじかれるような言葉を聞きました。
確かに、講演会の参加者は数えるほどしか居ませんでしたが、私にはそれがかえってよかったです。
各伝道団体の主催者とゆっくり話をすることができました。メディア伝道の団体のお部屋に顔を出して、TVとラジオのスタジオに入らせてもらいました。講演会も良い内容で、それはそれは有意義な時間でした。
一日とは、自由に使える時間を目の前に置かれていて、「それを意義あることのために使いなさい」と神が下さったものです。
人間は平等でしょうか?私は平等ではないと思います。
一つだけ平等なものがあります。「時間」です。何人であっても、どんな立場の人であっても、一日に与えられているのは24時間です。
これを生かすも殺すも私たち次第です。
これをどう使うかは各人に委ねられています。
私は、その尊い時間をPTAに使い、人のために使います。神に導かれることに時間を費やしますので、神のために使っています。
今日は、朝からイライラしながら車を運転して、一日を台無しにしそうになりました。
神に導かれ、神にすべてを任せながら、ゆったり過ごしていきたいと心から思いました。
感謝しながら与えられた時間を使わせていただきます。
今日もありがとうございます。
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