私が最近到達できた『自分の内面さえ平安に保つ事ができたなら、外側の世界も平安になる』を、もっとうまく説明してくれていたものがアップされたので、転載させていただきます☆
古いマイミクさんならこれが『本当だ』って、私は二年前の実体験でリアルタイムでお見せしたので、ご存知ですよね☆
(  ̄Д ̄) 『仮に、人間ひとり一人を、「世界を作り出す工場」だとしてみよう。
環境に優しい調和のとれた工場は、廃棄物や汚染物質を出さずに生産を行うが、ネガティブ(不調和)な気分や思考を起因にして生産に励む工場は、それ相応のエネルギーを一種のスモッグのように吐きだしてしまう。
どんな快晴の元にあっても、その工場の周囲はいつもスモッグに閉ざされ、なかなか光が届かない。
汚染物質を排出することで、周囲に迷惑を掛けてしまうのはもちろんのこと、その影響をダイレクトに受けてしまうのは、その工場自身だ。
自身を取り巻くスモッグが濃くなるほどに視界は閉ざされ、孤立感や分離感が高まり、精神的にいたたまれない薄暗い世界にいるかのように感じられてしまう。
そんな状態のまま周囲に変化を与えようと生産を続けても、頑張れば頑張るほど工場からはモクモクとスモッグがはき出され、事態は悪化するばかりだ。
私がこれまでなんども「どうするか(DO)」ではなく、「どうあるか(BE)」が大事だと話してきた要点はここにある。
ほとんどの工場は、自分でスモッグを作り出していることに気づいていない。
光が届かないのは、周囲にある別な工場の排出するスモッグや、上空にただよう雨雲(さまざまな問題やハプニング)のせいだと思っている。
そして、その被疑者意識が起因となって、またあらたなスモッグを自身の工場から排出されてしまうというループに入ってしまうんだ。
「少しでも光を(状況を好転させたい)」というその願いのもと、せっせと「現実」の生産を行うが、その生産において余計に汚染が進んでしまう。
そのような状態であれば、むしろ生産ライン(問題解決や願望実現における作為)を一度停止(サレンダー)し、これ以上スモッグを排出しないほうがいい。
いずれスモッグは拡散し、徐々にではあるが曇りが晴れ、自然と光さすときがやってくる。
ときには巨大な雨雲が現れ、豪雨(ハプニング)と共にスモッグを洗い流してくれることもあるだろう。
しかし多くの人間は、この雨という恩寵をも忌み嫌う。
「雨雲は、光を遮る元凶」という短絡的な捉え方があったり、「なぜ私ばかりがこんなにずぶ濡れにならなければならないのか」などといった怒りや悲壮感をもって、またせっせとスモッグを排出してしまうんだ。
そして、このせっかくの雨を防ぐために、巨大な傘をさして、雨雲が過ぎ去るのを待っている。
結局、スモッグは晴れることなく傘の下に広がったまま。
その状態で「神よ、宇宙よ、どうか私にも光を!」と望んだなら、それを叶えるために、天は強硬手段を用いるしかない。
雷雨や暴風雨などで、無理やりにでも傘を降ろさせ、スモッグを洗い流そうとする』
かつて僕に起こったことは、まさに雷雨や暴風雨で、必死に握りしめていた傘を剥ぎ取られ、一気にスモッグを洗い流されたようなもの。
様々なトラブルやハプニングが、抱え続けていたスモッグ(人生の曇り)を払ってくれました。
もしあのときも、それまでと同じように「なんで俺ばかりがこんな目に!」とひねくれ、悲壮感を漂わたまま被害者でい続けていたら、相変わらずの薄暗い世界を生きていたことでしょう。
「もうこれ以上、なんの手立てもない」という完全な諦め、絶望は、「雨の中でも傘をささない(させない)」という状態でした。
もちろんその時はずぶ濡れになりましたが、その後はおかげさまで、光またたく雨上がりの夜空を拝むことができたんです。
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/9ade65db999417a36ffc38bb8c1363a3
雨上がりの夜空に スピリチュアル解体新書 より
私は10年前に「どうするか(DO)」ではなく、「どうあるか(BE)」が大事だ と到達できていたので、これまで私の願望がほぼ100%叶って来たようです☆
そして二年前のハプニングの(新婚の夫にいきなり好きな人ができて捨てられた)時に、現実に出来る事はすべてやってみたのですが、どれも功を奏さなかったので、『完全にサレンダー』したら、
『サレンダーできた途端に一気に人生が180℃変わった(ツインソウルと付き合ってプロプーズされた)』のでも、証明できています☆
私の場合『体験が先で知識は後付け』なので、その時にはうまく説明できないのですが、必ず後でうまく言ってくれてるものが見つかるので、助かっています♪
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