多くの人がリラックスしたいと思っていて、
リラックスできないでいます。
OSHO : リラクゼーション
part 1.するということの病気
はじめに、行動の本質と、そこに隠された傾向を理解しなくてはならない。そうでなければどんなリラクゼーションも不可能だ。いくらあなたがそうしたいと思っても、自分の活動の本質を観察し、よく見て、本当に理解したことがなければ、リラックスすることはできないだろう。というのも、行動というのは単純な現象ではないからだ。
多くの人がリラックスしたいと思っていて、リラックスできないでいる。リラクゼーションは花が開くようなもの、それを 強要することはできない。あなたはその現象全体を理解しなくてはならない。――なぜあなたはそんなに行動的なのか、それほどまでに行動でいっぱいになっているのか、それにとり憑かれているのか。
二つの言葉を覚えておきなさ い。ひとつは行為、もうひとつは行動。
行為は行動ではないし、行動は行為ではない。その性質はまったく正反対だ。行為というのは、状況がそれを必要とした時に、あなたはそれを行うる、対応するということ。
行動というのは状況にかかわりなく、対応でもない。あなたは内側は、とても落ち着きがないので、その状況は行動のための単なる口実にすぎないのだ。
行為は静かなマインドからやってくる。――それは世のなかで、もっともビューティフルなものだ。行動は落ち着きのないマインドからやってくる。――それはもっとも、見難い。
もっと行為するようにしなさい、そして行動がひとりでに落ちていくに任せなさい。変容はやがてやって くる。それには時間がかかるし、適当な時期というのもある。しかし急ぐ必要もない。
さてあなたはもう、リラクゼーションの意味するところが理解できるだろう。それは、あなたの中に行動への衝動がない、ということだ。リラクゼーションは、 死人のように横たわっていることではない。それに、死人のように横たわることなどできない、ただそのふりができるだけ。死人のように横たわるなんて、どう やってできる? あなたは生きているのだ、ただそのふりができるだけだ。リラクゼーションは、あなたに行動への衝動がまったくない時にやってくる。エネル ギーは落ち着いていて、どこへ向かっても動いていない。ある状況が起こればあなたは行動する、ただそれだけだ。けれどもあなたは、活動するための口実を探しているのではない。あなたは自分自身に寛いでいる。リラクゼーションとは落ち着いていることだ。
リラクゼーションとは身体だけのことではない、マインドだけのことではない。それはあなたの全存在に係わることだ。
part 2.〜リラクゼーションへの変容
リラク ゼーションというのは、この瞬間で満ち足りていること、
それ以上に何かを求めたり望んだりすることなどできないことだ。
何も求めるものはない、すでに充分すぎる、これ以上望むことなどできない。するとエネルギーはどこへも動いていかず、穏やかな水のプールになる。自分自身のエネルギーの中で、あなたは溶け ていく。
この瞬間がリラクゼーションだ。
リラクゼーションは身体のものでもマインドのものでもない。
リラクゼーションはトータルなものだ。
それでブッダた ちは言い続ける、「無欲になりなさい」、と。というのも、
もし欲望があったなら、あなたはリラックスできないということを彼等は 知っているからだ。
リラクゼーションとは姿勢ではない。
リラクゼーションはあなたのエネルギー全体の変容だ。
Osho, Tantra: The Supreme Understanding, #4 より抜粋
https://www.facebook.com/OSHOjapanese/?fref=nf
ログインしてコメントを確認・投稿する