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2016年04月07日18:16

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【367】2016/4/7(水) おかえりなさい」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16480 (写真入り記事)

先日、群馬の教会の開所式に出かけた時、現地にカバン一つを置いて来てしまいました。荷物がたくさんあったので、一つ置き忘れたことに気づかなかったのです。

一つはギター、一つは楽譜やギター周辺の機器などが入ったバッグ、一つは参加者みなさんに手渡すチラシ等、そして、置き忘れたバッグの計四つの荷物を持って行ったからです。

通常は、バッグ一つか、せいぜい、ギターとバッグを両手に一つずつ持って出かける程度です。

これから夜の祈祷会に出かけますが、ギターと楽譜などを入れたバッグの二つです。

慣れない場所に行き、慣れない四つものバッグを持って行ったこともありますし、現地に着いたら、四つのうち二つをスタッフが持ってくれました。

バッグを置き忘れたのは、いろいろな複合的な理由があります。

さらに、主催者は、忘れ物があるのに気づいていながら、その荷物が私のものではないと思い込んでいたのも原因の一つです。この人だと思い込んでいた人がとっくに帰ってしまっていたため、私に声をかけてくれなかったのです。

これは、忘れるべくして忘れたのでしょう。

バッグの中には、いくつかの大切なものが入っていましたが、一番困ったのは、スケジュールが書き込まれた手帳がないことでした。

私のスケジュールは、時には非常に細かいです。新聞で総理大臣の一日の動きが乗っていますが、そこまでとはいきませんが、例えば、阿部さんと会合し、伊藤さんから荷物を受け取り、上田さんに会いにいき、衛藤さんが相談に来られ、岡田さんに決まった時間に電話をし、加藤さんが主催する会合でスピーチをし、菊池さんの主催する会合で歌を歌い、工藤さん主催の会食会で食事をし、ケイラーさんと近藤さんと打ち合わせする(「あ・い・う・え・お・か・き・く・け・こ」の名前を使いましたが、実名ではありません)などです。

手帳に予定を書き込んだら、その時点で安心します。つまり、ナビゲーションシステムを使って運転をしている時のように、機械的に、淡々粛々と仕事をこなしていくだけです。ところが、手帳がなくなると言う事は、急にナビゲーションが壊れてしまった状態のようです。憂鬱な気持ちになりました。

知人に相談したら、「先方に電話をして、すぐに何日か分の予定のところをコピーしてもらって、ファックスしてもらったらどうですか?」とアドバイスをしてもらいましたが、その時はすでに夜中で、「明日早朝に宅急便で送ります」と言ってくれていたため、届くのを待つことにしました。

しかし、その時神様に祈ると、3日分の予定のすべてを思い出すことができました。それでも、2つ3つは思い出せていませんでしたが、その予定が来る前には手帳が手元に届いていたため、全く支障がありませんでした。

このことから、まずは祈ること。そして、心配しても何も解決にならないことを学びました。

祈って神から教えられ、導かれたことを、一つひとつ行っていったらいいのです。

手帳が手元に戻って来た時、迷子になったわが子が戻ってきたかのようにうれしかったです。うれしかったです。

聖書(ルカによる福音書)は次のように語ります。

15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。

15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、

15:6 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。

15:8 また、女の人が銀貨を十枚持っていて、もしその一枚をなくしたら、あかりをつけ、家を掃いて、見つけるまで念入りに捜さないでしょうか。

15:9 見つけたら、友だちや近所の女たちを呼び集めて、『なくした銀貨を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

15:10 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」

15:11 またこう話された。「ある人に息子がふたりあった。

15:12 弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。

15:13 それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。

15:14 何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。

15:15 それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。

15:16 彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

15:17 しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。

15:18 立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

15:19 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』

15:20 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

15:21 息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

15:22 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

15:23 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。

15:24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。

15:25 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。それで、

15:26 しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、

15:27 しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』

15:28 すると、兄はおこって、家にはいろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。

15:29 しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。

15:30 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

15:31 父は彼に言った。『おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。

15:32 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

神様にとっての私たちは、失われた存在です。そして、存在でした。

今私は神様の懐に戻り、神様の子どもとなりました。

もし、神様から離れて生きている人がいるとしたら、神様は心を痛めながら、その帰りを待っておられます。

神様は私たちを、いや、あなたを愛しておられます。

神様はあなたを「おかえりなさい」と迎えて下さいます。

悲しみ、苦しみ、そして、あらゆる問題の原因は、神様から迷い出ていることです。神様の元に帰りましょう。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)
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