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2016年03月11日22:50

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せめて

自分が死ぬときは、『安らかな死に顔』で旅立ちたい。 ■津波で亡くなった母、伏せた父 思い受け止めた17歳は
(朝日新聞デジタル - 03月11日 05:19)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3892571
職業上、人の死に目にあうのは慣れた。
病気や老衰などで、亡くなる直前の人もたくさん見てきた。ただ痩せるだけじゃなく、骸骨に皮を張り付けただけみたいな、独特の顔になる。顔色も、まるで昔の刑事ドラマで鑑識の人が骸骨に粘土を張り付けて復顔したみたいな。最後は臭いまでしてくる。それが、心臓が止まったとたんに、すごくきれいな顔になる。もちろん、痩せてしまったのは戻らないけど、苦痛から解放された、安らかな顔。
だけど、事故や事件で突然死を迎えた人は、私は写真でしか見たことがないし、うまく表現できないのだけど、私が思うに、突然死を目の前にして、恐怖や悔しさなど全ての負の感情で歪んだ顔。見るのも辛い外傷。たとえば、私の友達の兄弟は、幼い時にダンプカーにひかれてなくなったが、遺体に眼球がなかったそうだ。なぜなら、彼の目玉は、ひかれたダンプカーのタイヤにくっついていたから。
震災で亡くなった人の遺体は、身元の確認に歯形が必要な人も多かったらしいから、形は変死体と同じだと思う。子供に母親の変死体なんか見せられないというお父さんの気持ちはよくわかる。

どんなに綺麗な人でも、病気で死期が迫ればそういう顔になるし、変死体になれば見るも無惨な形になる。どんな死に方しても、亡くなってから何日も放置されたら腐敗が進んでしまう。せめて、安らかな死に顔になって、誰だかわかる状態で火葬されたい。
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