http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16365 (写真入り記事)
今日は、いろいろなことが柔軟に進められた一日でした。
基本的には、予定を立てた上で毎日の仕事をこなし、生活をしていますが、予定は完全ではありません。盲点があることがあります。
今日は、急きょ入院した教会員のお見舞いに出かけました。私も、妻も、それぞれ別の用事が入っていましたが、今日行かなければ、退院するまで病室にお見舞いにいけない可能性があることがわかり、妻を説得して朝一番に出かけました。
今日は、6つ7つの用事を急きょ行いました。
祈りながら生活をしていると、神様が急に私を導かれることがあります。その動きを傍から見ると無計画なように映るかもしれません。しかし、実際は、柔軟さです。
クリスチャンは、お祈りの最後に、「このお祈りを、主イエス・キリストのお名前によっておいのりします。アーメン」と締め括ります。
イエス・キリストの頭に「主」がつきます。イエス様が「主」ならば、私は「従」です。
これはとても大切な事です。
以前は、急な導きがあっても、予定を優先したり、計算して、自分が良いと思う方を選ぶことがありました。しかし、そうしてみて後でわかるのは、「神の導きに従っておけばよかった!?」ということです。
今は、イエス様が私を導かれたならば、即座にとはいいませんが、神様に祈り、自問自答し、しばらくの時間を経て神様の導きに従います。
今日は、朝一番にすべての予定を変更し、妻の予定も変更してもらって、一日をスタートしました。
とても有意義で、恵まれた一日となりました。
この後、「第206回徹夜祈祷会」が行われます。今日は問い合わせも多く、いつも以上にいろいろな方々が参加してくれそうです。
なぜ徹夜なのでしょうか?
完全な徹夜ではありませんが、徹夜をする理由は、昼間は仕事などで忙しいので、なかなか集中して祈る時間を取れません。
しかし、月に一度、徹夜祈祷会をすることで、仕事を犠牲にせず、いつもの生活をしながら集中的に祈ることができます。
集中的に祈ると、こちらの願いばかりを、「神様、これをして下さい!」「神様、あれをして下さい!」と、要求の祈りばかりではありません。神の声を聞き、神の導きを受けることができます。
日常の仕事で忙殺されて、祈る時間を持てないと、神の導きを受け損なってしまいます。
しかし、もちろん徹夜しなくてもいいです。朝起きて、いつも同じ時間に、同じ場所で祈る習慣があるなら、それで十分です。
要は、祈り、神の導きを受ける時間が必要なのです。
「忙しい」とは、「心亡ぼす」と書きますが、神の声を聞かないと心が忙しくなり、心を亡くしてしまいます。
どうぞ、神に祈り、神に聞き、神の導きを受ける時間を定期的に持って下さい。
私は、この祈りの時間によって、神の導きを受け、神の知恵を頂き、神と共に最高の一日を過ごします。
神の導きを受け忘れてしまうこともあります。しかし、そうするとイライラしたり、うまくいかなかったり、失敗したり、痛い目にあったりするので、「あっ!?」と気づくのです。それでいいのです。
その都度、神に心を向けて、祈ったらいいのですから。
今晩、徹夜祈祷会に参加しなくて大丈夫です。みなさんのいる、今この時、この場所で神に祈って下さい。
神様の導きを頂き、心に平安と喜びを得ることが出来るはずです。
一日お疲れさまでした。また明日お会いしましょう。
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