http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16324 (写真入り記事)
大阪に来て足かけ4日目を迎えます。気持ちは大阪人です。
昨年、イスラエル旅行をした時、旧市街に入りキッパというユダヤ人が頭につけるお皿のような小さな帽子をかぶりますと、「ベリー・ジューイッシュ!」と言われました。イスラエルに来て、「メチャクチャユダヤ人に見える」と言われてうれしくなりました。
韓国で半年ほど生活をしていた時には、「アジョシー!」(=おじさーん!)とよく声をかけられました。道を聞かれたり、何かを頼まれました。韓国語で「私は日本人です。韓国語がよくわかりません。ごめんなさい」というのがつらかったことを思い出します。しゃべらなければ完全に韓国人に見られました。
しゃべらなければ大阪人に見られるかも知れませんが、しゃべるとどうしても大阪人になり切れません。たとえば、説教をする時にも、まずは相手を笑わせるようなことを言えなければいけません。笑わせてナンボではないかと思います。
次に、大阪弁。下手に使っても変なので、標準語で通していますが、相手が大阪弁で話してくれると、心は大阪弁で話しています。しかし、言葉は東京の標準語、イントネーションは少し大阪弁に近づいたかな?
関西に染まりつつ楽しんでます。みなさんにとっても素敵な一日でありますように。
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4、「閉塞感のある教会にも希望がある!」
閉塞感を感じている教会もいくつかありました。その教会の先生方の特徴は、砕かれて柔軟なお人柄の方々でした。なまじ成功している教会は、砕かれることなくそのままの勢いで進んでいきかねません。イエス様以外の「教会成長」という目標に走って、いつの間にかイエス様から離れていく危険性があります。
しかし、今、閉塞感を感じている教会は、イエス様に頼る以外に希望はありません。イエス様は、暗闇を照らす光としてこの地に来られました。閉塞感という闇の中でイエス様の光に希望を見出した教会こそ、真に福音を担うことができる教会になれると思います。
ですから、日本の教会に希望があると感じました。
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