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2016年01月20日23:11

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【289】 2016/1/20(水) 無くてならぬもの」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16307 (写真入り記事)

来週は関西方面に宣教旅行に行くため、今日はその分の仕事に追われていました。

しかし、そんな中でも心豊かにいたいと思います。

年末年始に教えられたことは、週一日の安息日です。そして、主の声に耳を傾ける時間を持つことです。

あるリサーチによると、若者が一日にスマホをいじっている時間の平均は5時間だそうです。

「えっ、そんなに!?」と思うと思いますが、パソコンを含めてですが、案外、スマホに時間を取られているのではないかと思います。

私は、読書が大好きです。本をたくさん持っています。しかし、最近本を読む時間がないと感じます。

パソコンとスマホに時間を取られているからだと思います。

もちろん、紙の本を読まなくても、タブレットで電子書籍を読んだり、新聞やコラム記事などを読んでいるなら同じですが、一日に5時間というのは相当な時間です。

もし、一日スマホ断ちをしたとしたら、寂しいと思いますが、かなりの時間が余ると思います。

断食をすると、かなりの時間が与えられます。

食事をするためには、買い物をして食事を作ったり、食べた後の皿洗いの時間もあります。外食したとしても、少なくても、前後の時間を合わせると小一時間をあっという間に使ってしまいます。三食で三時間余ることになります。

スマホを必要最小限にするだけでも、すぐに三時間は自由に使える時間が余るのではないかと思います。

最近、祈る時間が、パソコンやスマホに容易に奪われていることを感じます。

聖書は、神の声を聞き、神に祈る時間を「無くてならないもの」と語ります。

『主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。』(ルカの福音書10:41〜42)

マルタとマリヤという姉妹がいました。二人の性格は対照的でした。

マルタは働き者で、よく給仕をし、イエス様をもてなすために忙しく働いていました。

マリヤは、イエス様の足元に座って、黙って声に耳を傾けていました。

マルヤは、自分が一生懸命働いているのに、マリヤはじっとイエス様の声を聞いている姿に腹を立てて次のように言いました。

『ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。』(ルカの福音書10:40)

先ほど引用した言葉を再引用しますが、イエス様は、『無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。』と諭されました。

マルタのように忙しく働くことも必要です。しかし、それ以上に大切なことがあります。マリヤは、無くてならないものであるイエス様の声に耳を傾けることを選びました。

その後マリヤは、イエス様が十字架にかかる直前に、全財産を費やして手に入れた高価な香油をイエス様に注ぎました。これは、イエス様がこれから十字架にかけられることを知って、その遺体を葬る準備をしていました。

聖書は、繰り返し、「時」について語ります。

福音書では、繰り返し、『わたしの時はまだ来ていない』とイエス様が語りますが、『その時』とは、イエス様が十字架で処刑される時のことです。

しかし、本当の意味でイエス様が十字架に付けられて処刑され、3日後に復活される時を知っていたのは、このベタニヤのマリヤだったかも知れません。弟子たちも、わかっていませんでした。

その理由は、マリヤは、イエス様の声にいつも耳を傾ける人だったからなのではないでしょうか。

『さて、過越と除酵との祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、策略をもってイエスを捕えたうえ、なんとかして殺そうと計っていた。彼らは、「祭の間はいけない。民衆が騒ぎを起すかも知れない」と言っていた。イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。するとイエスは言われた、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、よい事をしてやれる。しかし、わたしはあなたがたといつも一緒にいるわけではない。この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。』(マルコの福音書14:1〜9)

今年、私が大切にしたいことは、
�� 安息日を大切にすること
�� 主の声に耳を傾け、祈ることを最優先にすることです。

今日は、久しぶりに祈りの散歩(プレヤー・ウォーク)をしました。

腰を傷めて、しばらく安静が必要でした。また、一週間前に祈りの散歩を30分くらいしたら、腰がピリピリチクチク痛みましたので、約一週間静かにしていました。

教会で祈ることも素晴らしいですが、私は、自分が住む町を祝福し、そこに住む人々の救いのために祈る祈りの散歩が好きです。

新宿の町にはいろいろな多様な文化が共存しています。

家の近くにある韓国があります。今日はそこに行ってきました。

そこで韓国人のために、中国人、台湾人、インド人、中東の人たちのために祈りました。

そして、神の声に耳を傾けました。

神様が、この町を愛し、この町に住む日本人、外国人をどれだけ愛しておられるかを肌で感じることが出来ました。

祝福を祈りながら帰宅しました。

帰宅後、パソコンに向かいながら、祈りながら文章を作っています。

神様は、パソコンの向こう側にいるみなさんをこの上なく愛しておられることを肌で感じます。

神様に愛されていることを感じたら、それこそ、すべての問題が解決します。

神様に愛されていることを受け入れ、信じて下さい。

『わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。』(イザヤ書43:4)

おやすみなさい。また明日お会いしましょう。

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