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2016年01月12日21:47

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【280】 2016/1/12(火) 『結果オーライ』と『神がなさることは最善』の違い」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16289 (写真入り記事)

今日は、暖冬と言われますが、やっと冬らしい寒さがやって来ました。

毎年この時期に「断食祈祷聖会」が行われていますので、何年か前のことですが、朝から雪が降った年がありました。

自宅から、会場の単立の東京中央教会まで自転車で10分弱くらいの距離です。それも信号待ちを入れての時間なので、あっという間の距離ですが、雪が降り積もる中、自転車を走らせるのは危険を感じました。

自転車やバイクにもスタッドレスタイヤがあったらいいのに!?と思ったものです。

その日私が司会でした。

開口一番、「晴れの日はハレルヤ!雨の日はアーメン!雪の日は勇気!」と語り、会場の笑いを頂きましたが、雪道を自転車で走り、かつ片手でギターを持っているのです。命がけでした(*^◯^*)

三日間、音楽にずっとかかわっていますので、その時は気が張っていますが、帰ってくると、張り詰めた神経が緩むので、ぐったりします。

しかし、楽しい一日でした。日本中で、こんなに中身の濃い集会はまずないのではないかと思います。三日間で講演して下さる講師は、実に13人です。それぞれの講師は、1人で三日間の講演をすることも可能な方々です。それらの講師が、語りたいことを濃縮して語って下さいますので、中身が濃いです。

アップアップしています。

私の気持ちでは、もう少し講演を減らして、祈りの時間を長く取ってくれたらいいのではないかと感じます。これは私個人の感覚です。

集会に参加することを何か例えるとしたら、

�� 講演を聞くことは、心のごはんを食べることです。イエス様は、旧約聖書の言葉を引用して、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つひとつの言葉によって生きる」と語られました。食事は必要です。しかし、三日間食事をお休みして、心のごはんを食べます。

�� 講演を聞いた後の祈りは、よく噛み、咀嚼して、消化させて、血とし、肉とするプロセスに例えることができます。一回の講演は1時間半前後です。終わったらお腹いっぱいです。私は、少なくても一時間以上は祈りたいです。しかしここで問題があります。祈りに慣れていない人は、一時間祈るというのは重労働です。「いったい一時間も何を祈るのですか?」といわれる人もいると思います。

�� 講演という心のご飯を食べ、祈って消化して心の栄養としたら、運動や仕事をしたいものです。それがクリスチャンの人生です。神の命を頂いて伝道をし、人を愛し、神と人と社会に仕えます。

今日の講演者のお一人の奥山実先生は、何と、2時間も語って下さいました。講演の主題は、「アジアとイスラム圏宣教」でした。

イスラム教の現在の問題に対して、具体的なお話がなされました。

�� スンニ派とシーア派の対立
�� イスラム国やボコハラムの問題
�� イスラム原理主義と穏健派やリベラル派などの対立

シラバスはしっかりしていますが、途中から脱線します。おそらく、普通に聞いている人には、脱線した方が楽しいと思いますが、主催者側としては、「どうしたらいいのだろう!?」と気が気ではありません。

脱線した時のテーマは、「聖霊派は優れている」です。

この会は、超教派と歌っていますが、実際は福音派です。そこに来て、聖霊派の優位性を語り、「福音派は聖霊派から謙遜に学ばなければならない!」と爆弾を落としました。

さらに、「世界のプロテスタントの人口は7億人(カトリックをいれると23億人)で、7億人のうち6億2千万人がペンテコステ・カリスマなんですよ。」つまり、「少数派なんだから、『福音派・福音派』とえばれないんですよ!」といわんばかりでした。

奥山先生は、聞く人によっては脱線ですが、とても大切なチャレンジをされたのではないかと感じました。

こういうのを「結果オーライ」と呼びます。しかし、「結果オーライ」には条件があります。まずく進んだと思ったのに、「結果的に良かった!」と思えた時にだけ使える言葉です。

もし、「良くなかった!」と感じた場合は、愚痴や不満が口から出るものです。

聖書は、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい。」と語ります。

それは、ある場合は「結果オーライ」。しかし、ある場合は、「良くなかった!」という二者一択ではありません。答えは一つです。

「神がなさることは最善」です。

もしかしたら、今この瞬間にはそうは思えなくても、「神がなさることは最善」です。

1年後、3年後、10年後、100年後・・・に、「神がなさることは最善だった」とわかることもあります。

しかし、「神がなさることは最善」なのは決まっているのです。

だから、「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝できる」のです。

ここからは、信仰がいります。

今は感謝できない状態でも、後に感謝できることが決まっているので、先取りして感謝することです。

この生き方一つとっても、神を信じる人生がどれだけ喜びと平安に溢れたものであるかを実感します。

今日の集会の他の講師の講演も中身は濃く、最高でした。ただ、祈りの時間が少なかったので、消化不良気味です。

しかし、そうしたら一人で祈ればいいのです。

今日も、「神がなさることは最善」でした。

一日お疲れ様でした。

また明日お会いしましょう。おやすみなさい。

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