http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16280 (写真入り記事)
SNSで嫌われる代表的な投稿は、「自慢話」と「誹謗中傷」と「愚痴」だと聞いたことがあります。
毎日、腰が痛い話ばかりしたくありませんし、「聞きたくない!」と思われる方々もいらっしゃると思います。
ここのところ、日に日に腰の痛みが増している上に、2日間大会の奉仕があり、明日は消防団始式の参加と受付の仕事があり、来週の月〜水までは断食聖会の奉仕があり、イベント続きで腰が心配な毎日を過ごしていました。
今日の大会の午後には、参加者のために手を置いて祈る時間が持たれました。
相当数の方々のためにお祈りを致しました。不思議ですが、祈ってあげているので、祈ってもらった人が聖霊に満たされ、祝福されたというのはわかりましたが、祈った私自身が祝福され、一時的ですが、腰の痛みは全くなくなりました。
その時、箴言の聖句を思い出しました。
「人を潤す者は自分も潤される。」(箴言11:25)
「人を祝福したい」「潤したい」と願って祈ることで、神の霊が私の腹の奥底から流れ出て、私自身を通過し、祈る人に流れていくことを感じました。
結果、私自身の腰の調子が良くなり、心は喜びで満たされました。
これは、毎週日曜日に体験していることですが、人を祝福することは、自分自身を祝福することです。
反対に、「人を呪うことは、墓穴を二つ掘ることになる」と言われます。一つの穴に相手を落とし、もう一つの穴に自分が落ちてしまいます。
人を非難したり、愚痴を言うと、心がスッキリするように思いますが、気持ちは緩やかに下って行き、気分が悪くなり、人に対して怒っていたならば、ますます怒りに満たされますし、気分が悪かったならば、ますます気分が悪くなっていくものです。
人を祝福し、ほめたり、感謝を口にするならば、最初は心が伴わないこともありますが、気持ちは緩やかに上がって行き、気分はよくなり、人を憎み、人に腹を立て、気持ちが冴えなかったとしても、人に対する愛情が湧き上がり、赦す気持ちになれますし、喜びであふれるようになります。
親しくしている一人の牧師先生が、少し前に首の一番中心にある骨を折ってしまったそうです。特にこれといった原因がないのにです。
当初は、脳の血管が切れたと感じて、救急車で病院に搬送されました。しかし、なかなか原因が分からず、精密検査をしてわかったのは、前立腺がんが骨に転移し、首の骨が折れたそうです。
今のままの状態だと、もし首の骨が折れたとしたら、下半身不随になり、さらに、窒息して死んでしまうと医師の診断を受けました。
さらに、前立腺がんの転移により、ステージ4と診断され、「余命1年」という宣告を受けました。
その時この先生は、絶望したそうです。
しかし、絶望しながらも、次の2つの祈りをしたそうです。
�� 「神様、あなたの許しがあったので私の体にガン細胞が作られ、首の骨が折れたことを感謝できるように助けて下さい!」
�� 「イエス・キリストの名前でガンに命じる。出て行け!」
何と、しばらくしたらガンが消え、首の骨折は治って元通りになってしまったそうです。
聖書は、「すべてのことについて感謝しなさい!」と教えます。だから、ガンになり、首の骨が折れたことを感謝すべきですが、心が絶望し、とても感謝できなかったので、「感謝できるように助けて下さい」と祈ったそうです。
次に、「神様、私の病気をいやして下さい!」と祈るのは、神様が私を病気で苦しめていて、神様を悪者にしているように感じるので、聖書が、「神は病気をいやすお方である!」と信じて、ガンに命じたそうです。
こういう奇跡が身近なところで最近何人も起こっています。
クリスチャンでも、牧師でも、聖書には「神がいやし主である」と書かれていることを知っていますが、中には、信仰に本音と建前を使い分けて、「教理的、神学的な理屈ではいやされるはずだが、実際はいやされないことが多く、おそらく、私の病気はもう治らない!」と考えてしまうことがあります。
現状をそのままで感謝し、病に「出て行け!」と命じるなら、実際に、いやしは起こると、目の前で見せられることで、ある意味ショックを覚えました。
神は生きていると信じていますが、改めて、本当に生きておられ、しかも、力ある方であることを思い、感謝でいっぱいです。
腰は徐々にいやされています。みなさんのお祈りに感謝します。
おそらく、私に為に真剣に祈って下さった方は、その方自身がものすごく豊かに祝福されたことと確信します。
お祈り感謝致します。おやすみなさい。また明日。
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