http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16278 (写真入り記事)
今朝は、腰の痛みがありましたが、一歩外に出ると「大丈夫だ!」という気持ちになりました。
板橋区の区民ホールで、二日間の集会での奉仕があるため、思い切って出かけました。
朝起きて、病院に行こうかどうか迷いましたが、お祈りをしていたら、心が平安になり、神様が、「私が共にいる!」と言って下さっているような気がしました。
イエス様の弟子のペテロは、嵐で沈みそうになった舟の中から、ガリラヤ湖上を歩くイエス様を見つけました。
イエス様はペテロに、『来なさい!』と言われました。
イエス様の言葉を信じて歩いた時、ペテロは湖の上を歩くことができました。
しかし、荒れ狂う波を見て、理性が働き、「私は人間だから湖の上を歩けるはずはない!」と、現状を疑った途端、体が湖に沈んで行きました。
しかし、ペテロはイエス様に助けを求めました。そうすると、イエス様がペテロの手をつかみ、助けて下さいました。
イエス様が舟に乗り移られると、急に嵐が止みました。
聖書を引用します。
『しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。』(マタイ14:27〜32)
�� 舟の中にイエス様がいない時に嵐が起こりました。
�� 嵐の中でイエス様が舟に近づかれました。
�� イエス様の『来なさい!』という声を聞いて、信じて歩き出したペテロは、湖の上を歩くことができました。
�� しかし、途中で波を見て怖くなり、疑ったら、湖に沈みそうになりました。
�� イエス様に助けを求めたらイエス様が助けて下さいました。
�� イエス様が舟に戻ると、嵐は止みました。
イエス様のいない舟は、心の中にイエス様がいない状態の私たちを象徴することができます。
イエス様のいない人生は、ある日、嵐に巻き込まれます。
イエス様の招きに従うなら、湖の上でさえ歩くことができます。
私は今日、腰が痛くて奉仕に出かけられないような状態でしたが、祈りの中でイエス様の導きを受けました。
イエス様の導きを信じて、一歩外に出ると、心が強くなり、一日奉仕をし続けることができました。
舞台進行の裏方の仕事ですので、力仕事や動き回ることもありますが、イエス様が、「私が共にいる」という言葉を信じて、「大丈夫だろうか!?」と疑うことなく一日を歩き続けました。
大切なポイントは、イエス様の声を聞いて、イエス様の言葉を信じて一歩踏み出すことです。
イエス様の言葉がないのに、信念で歩き出しても湖に沈むだけです。
昔ある若いクリスチャン3人が、川の向こうに行く用事がありましたが、嵐で川が氾濫し、橋が流されてしまって、渡ることができませんでした。
その時、ペテロがガリラヤ湖上を歩いた出来事を思い出して、神様に祈りました。
「神様、今から私たちは、ペテロがガリラヤ湖上を歩いたように、この皮を渡ります!」と大声で叫びながら渡り始めました。溺れて死んでしまったそうです。
神様が、「渡って来なさい!」という声が聞こえた訳でもないのに、自分の信念だけで歩き出したから、そのような悲惨な結果になってしまったのだと思います。
ペテロは、湖の上を歩いたのではなく、イエス様の『来なさい!』という言葉の上を歩いたのでし。しかし、疑った時に、その言葉を否定したので、溺れてしまいました。
クリスチャンの歩みおいて大切なことは、まず神の声を聞くことです。聖書を開き、神に祈り、神が私に語りかけて下さった時に、その言葉を信じて、一歩踏み出すことが必要です。
私は、昨晩から長い時間祈りました。家で安静にしているという選択もありました。神様が、「直基よ、今日は自宅で休みなさい!」と言われたら、自宅で休むつもりでした。
「病院に行ってから大会の奉仕に行きなさい!」と言われたら、その通りにしようと考えました。
行く前は、とても出かけられるような状態ではなかったのに、今日一日守られました。
何よりみなさんの多くの方がお祈りして下さったので、守られたと思います。ありがとうございました。
今日も、明日も、明後日も、神様の声を聞き、神様と共に歩んで参りましょう。
おやすみなさい。
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