http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16256 (写真入り記事)
牧師になって人々と深く関わり、不思議に思うことがあります。
講壇から聖書の言葉を語ると、聴衆の反応は様々で、「この人は今日の説教は当てはまらないだろうなー」と感じる人に限って、「先生、今日の説教はまさに私に語られた言葉でした。悔い改めます!」と、帰り際に言ってくれたりします。
「今日の説教は、この人にこそ聞いてもらいたい!」と思う人に限って、説教開始と同時に眠ってしまったり、聞いているようで聞いていなかったり、「今日の説教は、あの人に聞いてもらいたかった!」などと反応をします。
前者の人はますます成長し、後者の人は成長が止まり、衰退してしまいます。
聖書は次のように語ります。
「だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられるのです。」(マタイの福音書25章29節)
何年もオフ会をやっていると、いろいろな方がオフ会にこられます。
今年は、登録制とし、クローズドの会にしましたので、安心して会を進行できましたが、数年前のことですが、オフ会をぶち壊しにされたことがあります。
それで、オフ会のマナーについて予め注意書きを書いて読んでもらってから参加してもらったことがあります。
本当はそんなことは言いたくありませんが、参加者の皆さんに、「あーよかった。また次回も参加したい!」と思ってもらえるような会にしたいので、あえて野暮なことを伝えました。
参加者から、メールが届きました。
常識的で人一倍気を使ってくれるような人から、「オフ会を楽しみにしています。ちゃんとマナーを守りたいと思います。」「はじめてなので、アドバイスをお願いします。」などの応答が返ってきました。
一方、何の反応もなく、オフ会がはじまったら、一人でずーっとしゃべり続けて、まったく場の空気を読んでくれない人がいました。
仕方なくやんわりと注意をさせてもらいました。しかし、耳を傾けてくれません。最終的には、「わかりました」といってくれましたが、その舌の根も乾かないうちに同じことを繰り返しました。
私は、このようなタイプの人に何人も出会ってきました。その特徴は、過去にいじめに合ったり、のけ者にされるなどしてつらい目に会ったことがきっかけで、固く心を閉ざして意固地になっています。
その人は、はじめは、腹が立ち、反撃したり、仕返しをするなどの反応をしていたはずです。しかし、いつしかあきらめて、自分の感情を押し殺して心の奥深くにしまいこみ、さらに、自分の感情を無視するようになっていったのだと思います。
自分の感情を無視すると、自分の心の痛みを感じなくなり、自分の気持ちがわからなくなります。そうすると、人の感情も無視するようになり、人の気持ちが理解できなくなり、心が通わなくなります。結果として、空気が読めない状態(KY)になってしまいます。
もともとは、人一倍感情が豊かだったはずですが、苦しみから自分を守るために固く心を閉ざし、意固地になってしまったのです。
そのような心の状態の人の心がいやされるためには、
1、 自分を傷つけた人を赦し
2、 自分自身を赦し
3、 両親を赦し
4、 神を赦し
5、 赦さなかった罪を悔い改め
6、 心の奥深くに封印していた感情と向き合って、
7、 その痛みや心がいやされ
8、 やがて、自分の感情を抑圧せず耳を傾けるようになり
9、 人の感情や気持ちを理解できるようになり、
10、 空気が読めるようになり、人と心通うようになり、
11、 神の言葉に耳を傾け、応答し、従えるようになり、
12、 持っている人となり、豊かに成長し、祝福されます。
「持たない」人は悪循環に陥っています。持っているものまでも取り上げられ、衰退の一途を辿っています。このままでは誰でも行き詰まってしまいます。
そこから脱出する突破口があります。イエス・キリストの十字架です。
「(キリストは)自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(ペテロの手紙第一2章24節)
キリストの十字架は、私たちの痛みのすべてを十字架で背負われました。十字架にこそ人の心を完全にいやす力があります。
キリストの打ち傷とあなたの傷が触れるならば、心はいやされはじめます。
傷を負ってきた人は不幸だと普通は考えるかも知れません。いじめられた人、のけ者にされた人、虐待された人、つらい経験をたくさんして来た人は、その傷のゆえに現状満足することなく、神に助けを求め、神と出会うことができます。その傷がかえって祝福に変わります。
素敵な年の瀬の時間をお過ごし下さい。
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