http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16222 (写真入り記事)
今日は土曜日なので、日曜日の教会での礼拝の準備をする日です。
土曜日は、いろいろなイベントがあり、出かけることが多いですが、午前は妻と外回りの仕事をし、午後は子供達と教会の週報や印刷物の準備、掃除等を行いました。
子供たちといっても、一番上の子は、高校のクリスマス会の準備のために出かけました。二番目の子は、中学の部活に出かけました。妻は、たまった洗濯をしているので、下の二人の子を私が預かることになりました。
昨日の仕事は昨日終わりましたが、今日の仕事が山積みになっているので、三番目の子に手伝ってもらいながら仕事を進めました。四番目の子は遊び好きで、何か楽しいことを探して悪さばかりしていました。退屈になったようで、「パパの仕事を手伝いたい!」といってくれましたが、仕事がしたいのではなく、遊びたいだけですので、「歌を歌って!」と頼みました。
悪気がないし、とてもいい子ですが、結果的に仕事の邪魔をするので、思わず怒ってしまいました。いつも強気で元気な子供ですが、「もう一言も喋らない!?」といって、黙り込んでしまいました。泣く一歩手前の顔になりました。
三番目の子は、私に怒られた四番目の子が「泣きそう!」「もう泣いちゃうんじゃない!?」と揶揄(からか)いましたが、じっと我慢していました。
そこに妻が入って来ました。四番目の子が泣きそうなのを見て、手を引いて他の部屋に連れていきました。
子供たち一人ひとりと関わると、当然ですが、四人とも全然違う人間だと感じます。
毎日賑やかで、とても楽しいです。
話は変わりますが、私の友人が二人の子を育てました。小さい頃には、上の子はやる気がなく、あんまり良い子ではありませんでした。下の子は活発で、良い子でした。しかし、大人になってから逆転しました。昔大人しかった上の子がよくやるようになり、昔活発でよく出来た子が大きな精神的な病にかかってしまいました。
人はわからないものです。
赤ちゃんの時にかわいかった子が、子供になって平凡な顔になり、大人になってからは、不細工な顔になった人を知っています。しかし、生まれた時には、猿としかいいようもない子だったのに、子供になり少し良い顔になり、今は絶世の美人という人もいます。
聖書は、『あとの者が先になり、先の者があとになるものです。』(マタイ20:16)と書かれています。
不思議な教えですが、神様は、実に平等です。
ですから、今、後になって置いてけぼりを食らっていると感じて寂しい思いをする必要はありません。ウサギとカメの童話のように、あとのものが先になることは珍しいことではありません。
今日は、四番目の子を叱ってしまいましたが、これから、この子と向き合って、二人の時間を持とうと思います。
四人まとめて相手にすることもありますが、可能な限り、一人ひとりを大切にし、一人ひとりと向き合って来ました。子供は、そういう親と一体一の時間が必要だと思います。
神様は、私と一体一で向き合い、関わって下さるお方です。
今この瞬間にも、地球上に70億人以上の人がいるのに、神様は、1/70億として私を見るのではなく、かけがえのない存在として私を見て、私を愛し、私を大切にして下さいます。
あなたは神に造られ、神に愛されている神の子です。その神の愛に憩い、神の中で休んでください。
『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』(マタイ11:28)
週末、素敵な時間をお過ごし下さい。
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