稲城に移転した当時、配布された電話帳は三鷹〜府中エリアを含んでいた(凡そ042-2/042-4、042-3のエリア)ので、タウンページの「漫画家」の欄に調布の水木しげる/水木プロの電話番号が掲載されていた。当時も今もイナカモノな俺は、まず「漫画家という項目がタウンページにある」事に驚いたものだ。
戦争をガチで知っている世代が次々と天寿を全うする中、「まだまだ遣り残しはある」とばかりに、老いて益々盛んに活動を続けた最中の訃報。眼の前に居られるなら生涯面を上げられない、凡ゆる感情を超越した大往生。水木しげる先生に最敬礼。
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水木しげるファン、独特の表現で追悼続々
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=159&from=diary&id=3736607
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