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2015年11月09日19:02

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「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【215】 2015/11/9(月) 人生のジェットコースター、トロッコ電車の終着駅」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16150 (写真入り記事)

ジェットコースターに乗ったことがあるでしょうか? 好きな人もいれば、嫌いな人もいると思います。

私は、ジェットコースターよりも、黒部ダムのトロッコ電車のような乗り物の方が好きですが、私の人生は、ジェットコースターのようです。

ジェットコースターは、最初、乗り込む時には安全に停止しています。座席に座ると上からバーのようなものがおりてきて、しっかりと体を固定します。

この辺りから、心臓がドキドキしはじめます。

発信の合図と共に、コースターは『ガン!』といきなり乱暴に動き始め、静かに急な角度の坂をのぼりはじめます。ここはまだまだ序の口です。

一番高いところまでのぼり切ると、そこから少しづつ下っていき、徐々にスピードが上がっていきます。

女性たちの『キャー(≧∇≦*)!』という声が響き渡ります。

しばらくすると、急なカーブを曲がり、急に下り、急にのぼり、ねじれたり、360度回転したり、女性たちも声を上げられないで顔面蒼白になるほどのスピードが出て、スリル満点な状態が続き、『もうこれ以上耐えられなーい!』と叫びたくなる寸前くらいに急停車して終わります。

人生が、トロッコ電車のように優雅であることを望みますが、ジェットコースターも悪くありません。退屈とは無縁です。

ここ数カ月、二週間後の大会の協力をお願いするために、600教会を訪問して来ました。

時には5人、時には1人のこともありますが、2人で訪問するのが一番無駄がなく、楽しいと感じました。2人だけなので、じっくりいろいろな話ができるからです。

ある時、大会本部のスタッフの人と2人で訪問しました。4年間この働きを続けているそうですが、『毎日がジェットコースターのようです』と話してくれました。

仕事が始まると、急に忙しくなり、何日も何日も休む暇なく働かなければいけませんが、それは数日で終わって、その後は、ゆったりできるようになるそうです。

『上がったり、下がったりなので、燃え尽きてしまったり、倒れてしまうことなく続けられるし、いつも気分転換ができるので楽しいです』と語ってくれました。

私の毎日とは少し違いますが、私もジェットコースターのような毎日です。それは、自分で選んでそうしている面もありますが、毎日、定時に出勤して、仕事が終わったら帰宅するサラリーマンの人とは違う面白さがあります。

人それぞれ性格が違いますので、決まったリズムで仕事をしているのが合っている人もいると思いますし、ジェットコースターのように、いつも変化のある仕事の方が合っている人もいると思います。

日曜日は、教会で一日集会を導き、来会者と面談をしたり、人生相談・信仰相談に乗ったりしているうちに、気がついたら12時間〜14時間動きっぱなしのこともあります。

毎日、このスケジュールだったら体がもちませんが、日曜日だけだと分かっているのでできるのだと思います。

月曜日は、説教の準備をする日です。私は朝から説教の下準備をはじめて、お昼くらいからアウトラインや原稿を準備します。

多くの牧師は、説教準備を土曜日に行うそうですが、私の場合は、土曜日はいろいろなイベントやスケジュールが入って来るので、土曜日まで準備をしていなかったとしたら大変なことになります。

徹夜して、そのまま日曜日の朝に説教をして、バタンQで昼寝するのも悪くありませんが、私は、一番大切なことを一番最初に終わらせないと不安で、外に仕事に出かけられない性格です。

神学校の博士課程で勉強をしている時、教授が、『みなさんはいつから説教準備を始めますか?』と質問しました。

教室では、『伝道王』と呼ばれていましたので、『伝道王の菅野先生はいつから説教準備をしますか?』と質問されました。

伝道ばかりして、説教準備は後回しのように思われていたかも知れません。

内心私は、『月曜日です!』と話したら、『それは手抜きです!菅野先生、伝道も大切ですが、説教の準備にもっと力を注いで下さい!』と言われてしまうのではないかと心配していましたが、『月曜日です!』と答えると、教授は、予想に反して、『みなさん拍手しましょう!』と驚いた顔をしました。

『素晴らしい!』と絶賛されて、一番驚いたのは私でした。

今でも、何でほめて下さったのかをあまり覚えていませんが、滅多にほめられない私が、『伝道王』と呼ばれたり、『月曜日から説教の準備をする』ことで講義中にほめられたことは、一生忘れることができません。

私の人生のジェットコースターは、日曜日の朝に一気にのぼりきります。そして、迫力満点のコースを一日駆け抜けます。

月曜日は、前述のように説教準備の日なので、聖書を何度も読み、祈り、聖書を読み、祈り、聖書を読み、祈りを繰り返しながら、ひたすら苦悶します。どちらかというとネチネチした一日です。

聖書を知識として切り売りするのが説教なのではなく、聖書の言葉によって、まず私自身が仕込まれ、切り刻まれ、料理されなければ、聖書の言葉の真髄を人に伝えることができないからです。

月曜日のジェットコースターのコースは、テクニカルに右に左に曲がり、上がっては下がり、ねじれてはひっくり返るような長く中身の濃い一日です。

説教の準備が終わると、一番大切な仕事が終わって、解放されて、火曜日からは晴れた気持ちで、教会や教科以外の活動に力を注ぐことができます。

迫力満点で、楽しいコースを土曜日まで疾走します。

超教派のキリスト教の活動の会議があったり、いろいろな集会での司会や講演や音楽の奉仕をしたり、結婚式や葬式の司式をしたり、駅前で伝道をしたり、教会に相談者がこられて相談に乗ったり、インターネットで文章や写真を投稿して聖書を伝えたり、毎日、いろいろなコースを駆け抜けます。

週に1〜2度、妻と買い物や教会員訪問、お世話になった人にご挨拶に出かける日があります。

ある意味、その時がジェットコースターの停車している時間です。

しかし、このジェットコースターの良いところは、これ以上走ったら体がもたないと感じたら、ペースダウンしたり、ストップさせられることです。

こういう生活をうらやましがってくれる人が時々います。しかし、神様は平等です。

自由に神様に仕え、奉仕ができるので感謝ですが、基本は、すべてがボランティアです。献金が捧げられないと、教会の活動も、私の牧師の活動も続けられません。そこに言葉に表すことは難しい苦労があります。

最終的には神様がすべてを満たして下さいますが、きっと、このエネルギーを起業したり、会社経営などに使ったら、多くの資産を得られたのではないかと考えることもありますが、お金は必要な分だけあればそれで充分です。

『貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。』(箴言30:8)

実際、この経済問題のコースが一番スリリングですが、ジェットコースターは、やがてスタート地点と同じゴールに戻るのと同じように、神様が必ず助けて下さいます。

どんな不安や恐れが生じても、神様を信頼して、神と一体になるように、コースターと一体になって進んでいきたいと思います。

みなさんの人生は、遊園地にあるスリリングなジェットコースターですか?それとも、黒部ダムにあるのんびり走るトロッコ電車のようですか?

とにかく、自分に与えられた人生をひたすら生きているだけですので、誰がトロッコ電車だとか、誰のジェットコースターが一番スリルあって、長いのかなどは全く想像も付きませんが、神様がご存知です。

『人はうわべを見るが、主は心を見る。』(�汽汽爛┘�16:7)

神様が、あなたの涙を知っておられます。あなたの苦しみの中に共におられます。

2人として同じジェットコースター、トロッコ電車に乗っている人はいないはずです。

ある人は、スキー場のリフトやゴンドラ、ある人はモノレール、ある人は違う遊園地の乗り物のような人生でしょう。

人と自分を比べる必要はありません。自慢したり、引け目を感じる必要もありません。

ただ、自分に与えられたコースを、自分に与えられた乗り物に乗りながら、神と共に前進していって下さい。

ジェットコースターは、スタート地点から出発しても、またゴール地点であるスタート地点に戻ってきますが、私は人生のジェットコースターはそうではないと思います。

つまり、私は輪廻という教えを信じません。

輪廻は、もともと仏教の教えではなく、ヒンズー教の教えでした。

それは、因果応報思想に基づき、死によってもその因果から解放されないという考え方です。

そこには救いはありません。

よくできる人は良い来世が待っていて、よくできない人は悪い来世が待っているとしたら、それは地獄です。

お釈迦さんは、『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。』つまり、『善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる。』と説きました。救いの根拠を示しませんでしたが、そうでなければ救いではありません。

その救いを与えるために、2015年前のクリスマスに、神の一人子がこの地上に誕生しました。

33歳の時に十字架にかけられ、全人類の因果である罪と死を一身に引き受けて死なれました。墓に葬られましたが、三日目の朝に死を打ち滅ぼしてよみがえり、今も生きておられます。

『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」』(ヨハネ11:25〜26)

あなたのジェットコースターやトロッコ電車には、人生に一度だけの分岐点があります。それは、イエスを救い主と信じることによって生じる分岐点です。

その分岐点を素通りすることもできますし、無視することも、拒絶することもできます。

しかし、その分岐点でイエスを信じるならば、その分岐点から、イエスの道にコース変更して進み始めます。そのゴールは天国です。

『イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」』(ヨハネ14:6)

救いを、自らの業によって獲得しようとするならば、不可能です。だから、自分を超えたお方による救いを受け入れることで救われるのです。

みなさんそれぞれ、違ったコースのジェットコースターやトロッコ電車に乗って進んでいますが、そのゴールは天国か、地獄です。

その2つの分岐点は、死の間際でも選択できますが、今日選択しませんか?

『私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。』(第二コリント6:1〜2)

私は、神と出会い、神を信じてから、本当の意味で人生を楽しむようになりました。

それまでは、好き勝手に歩んでいましたが、むなしさと恐れに悩まされていました。

『今生きて、「今さえよければいい!」と生きていても、死んだらすべてが終わりではないか!?』と、死の恐怖とむなしさに悩まされていました。

しかし、キリストと出会って、死の恐怖から解放され、苦しみや苦労もたくさんありますが、本当に充実した毎日を送れるようになりました。

私の乗っているジェットコースターは天国に向かっています。そして、一度このコースを進み始めたら、コース変更はありません。

「あなたの行いが悪いから、協議の結果地獄に行ってもらいます!」という可能性は0%です。

そんな救いを取り消すことのない愛の神と共に、天国まで一緒に行きませんか?

今日も一日お疲れ様でした。また明日お会いしましょう。
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