ドイツで暮らしてそろそろ一年半になろうとしてる所なんだけど、まだまだビックリすることも結構あって、
今日はなんと、砂糖が酸っぱくなってたので、傷んでるのかと思って、コーヒー用の砂糖壷に移した分を捨てちゃってから、新たに移そうと思ったら、新たな砂糖もなんか黄色くて固まりがあったから、スーパーで売ってる時に酢でもまざったのかと思ってたら、
『あれ?なんかパッケージがいつものと違う?』って気付き、良く見たら酸っぱそうな果物がパッケージに載ってたので、『もしかしたらこういう物?』って思い、
検索してみたら、やっぱり『酸っぱい砂糖も存在するんだ?!』って、やっと気づきました
じつは金曜日にもカステラケーキを作って『ん?なんか酸っぱいぞ』とは感じてたんだけど、まさか砂糖が傷むとは思わなかったし、『少し焦がしたせい』だと思ってたら、まさか砂糖のせいだったとは。。。
コーヒーに使った時はコーヒー自体に元々酸味があるから気づかなかったけど、砂糖ポットに新たに入れ替えた時にやっと、なんか黄色くて固まりになってるって気づいたので、舐めてみたら、ほんとに酸っぱかったです(笑)
そんな酸っぱい砂糖なんて、何に使うんだろう?って不思議に思って検索したら、どうやらジャム等に使う物らしいです。
http://berlinabc.exblog.jp/12738618/
ドイツに来る前に3年住んだハンガリーは、荷馬車が普通に走ってたりして、中世のヨーロッパのようでとても素敵だったし、家庭菜園ができたり、DIYしたり、夢だった暮らしができて満足だったけど、田舎過ぎた(から地元では新鮮な魚が売ってなかった)のと、経済があまり良い国ではなかったので、物があまり手に入らないのだけは不便だったから、
今のここが自然はふんだんにあるのに、物は何でも手に入って、本当に『望んだ通りの環境で最高だな☆』って感じてた所だったけど、
ドイツは本当に何でも売ってて便利で、たまに「そこまで細かく分ける必要も無いんじゃない?」ってくらい、『それって必要なの?』って物まで売ってるから、ちょっと笑っちゃうことも結構あったのでした。
例えば、日本だったらクレープ屋さんしか持ってないような電気クレープ焼き器とか。普通のフライパンとは逆カーブだからクレープしか焼けないのに、それだけの為に場所取るのにそんなの買う人も居るんだな。って感じたし、
昨日もe-bayでポニーがたった700€(日本円だと9万3千円くらい)で売ってたから、ペットとして飼う人も居るみたいで、ホントに『夢の国のようだな』って感じてたんだけど、ドイツだったらそれほどお金持ちじゃなくても広い土地さえあれば、馬飼ったりしてる人も近所に多いし、よく馬のお散歩にすれ違うので、ここなら『どんな夢でも叶っちゃいそうだな』って感じてた所ではあったけど、
たかが砂糖でそんな事まで考えちゃう私の頭の中も、ちょっと変わってるかもな。なんても、ふと思いました(笑)
ちょうど今朝のインスピレーションで、
『この宇宙は完璧だ。もしそう思えていない人が居るならば、それは内側の問題で、まだ手放していないなにか(古い概念)を抱えているだけ』(というか、『握りしめて放さないだけ』って感じかな。言葉は後から当てはめたので、ニュアンスで読み取ってね)
って受け取ったのだけど、実際私の現実では現在は完璧って感じるような現実だけしか受け取っていないし、以前辛いって感じる現実を受け取ったのも、(『いつまでも古い人間関係や すでに飽きて来た現実に執着せずに、目の前にすでに現れていたツインソウルと新しい道を歩みなさいよ』って)自分が魂の軌道に乗るべく、そういう現実(いきなり夫に好きな人ができて離婚を言い渡された)を受け取っただけだったので、(でもきっとあの時に古い固定観念が手放せなかったら、他の人たちと同じように苦しんでいたと思います)
ただのインスピレーションだけじゃなく、実際の現実からも、そう感じました☆
(私のスピリチュアルは全て実体験からで、『実生活に活用できないようなスピでは意味が無い』って感じてるのは、アセンション後も揺るぎません)
まだまだ古い固定観念から頭を使っている人は、いくら考えても到達できないみたいだけど、
ホントにこの世界はすでに完璧で、ただ人間が『本来完璧な本当の自分自身』に中々到達できないから、洗脳されたり自分を見失ったりしてるので、親切な宇宙からそれに気づかされるべく何か(試練)を受け取っているだけなので、
けっこう三次元的に考えて行動するだけでも、解決する事は沢山あるのに、頭ガチガチな人には、なかなか思い切った解決法には(たとえそれが目の前にあったとしても)、飛びつけないもんなようですね。
そういえば、以前『私だったらこうするのに』って思って提案した事も、全く合法的で合理的な案だったのに、ただそれが『突飛だ(から他の人からの反感を買う)』っていうだけで、「できる」って言った人は本当にごくごくわずかだったもんな〜。
これからは、そういった突飛って思えるようなこともできるようになっておかないと、実際かなりな試練って感じるような出来事を受け取っちゃうような気もしているので、
できるだけ『古い考えは捨てて、突飛って思えるような案でも採用しちゃって欲しい』なって感じています☆
多分、そうしないと生き残れない世の中に、すでになっちゃってるようですしね。
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