今日は自転車で高島平を散策していました。
架鉄@コラムシフトに掲載予定の都営三田線延長の架空鉄道に関する西高島平駅近辺の実地視察が目的だったのですが、西高島平に行く前に色々寄り道をしていたら、面白い収穫が多数ありました。
高島平付近で都営三田線に並行している高島通りに出たら、城北交通公園に出ました。
この公園は、明治45年(1912年)に製造されて有田鉄道で活躍したのちに東武鉄道入りしたもののパワーがなくて使い物にならずに放置され、廃車後はときわ台駅に展示されていたという小型SL、昔の都営バス、D51が展示されていますが、錆びていたり落書きされていたりで、保存状態があまり良くないのが残念なところです。
その後は高島平団地に移動。昼食にしようと思い店を探したところ、団地ができた当時のまま時が止まってしまったような食堂を発見し、そこに入りました。隣にはアンジェラアキみたいな人が1人で店番をしている全く客のいないコミュニティーカフェというカフェがあって、カレーが安いのでこちらも気になったのですが、古めかしい雰囲気の食堂のほうがインパクトがあったのでこちらにし、500円のソース焼きそばを食べました。店内もやはり団地ができた当時から時が止まったような感じで、昔の赤電話もありました。店内には客が4人いましたが、いずれもお一人様の老人ばかりだったというのもこの団地らしい光景かもしれません。高島平団地は都内最大級の巨大団地ですが、近年は住民の高齢化が課題になっているそうです。隣のアンジェラアキみたいな人が店番をしていたところも調べたところ、老人の居場所を作ることが目的の団体が運営している店のようです。
食べ終えた後は、新高島平駅などを通って都営三田線の終点である西高島平駅に来ました。小さい頃の記憶なのですが、車で都営三田線沿いを走っていたら西高島平で突然高架が途切れてしまい、線路はどこまでも続くものだと信じていた当時の私は、非常に驚かされたことがあります。30年以上前のことを今でも鮮明に覚えているということは、余程インパクトのある出来事だったに違いありません。
ちなみに、今は西高島平止まりで今後も多分延長されることはないであろう都営三田線ですが、かつては西高島平より先へも伸びる計画がありました。計画当初は和光市(当時の名称は大和町)まで伸びて、東武東上線に乗り入れる計画だったのですが、有楽町線に乗り入れることを選んだ東武の裏切り(笑)に遭い頓挫。その後は計画を変えて西高島平〜浦和市西部〜大宮市西部(名称はいずれも当時)というルートを計画したものの、埼京線が開通するなどの影響からか頓挫しています。今回架鉄@コラムシフトに書こうとしているのは、大宮方面への延伸計画のことですが、架鉄ネタはマニアックになってしまうので、ここでは省略させていただきます。
その後は、都営三田線がもし延長した場合に付近を通ることになると思われる荒川の笹目橋を見て、ここで戻りました。
帰りは反対車線を通りましたが、ここには板橋トラックターミナルや板橋市場があり、物流の一大拠点となっています。引っ越しを考えていた際に、家賃が安いことからこの辺りの物件に目をつけたことがあるのですが、24時間トラックが出入りするトラックターミナル周辺は環境がよくないと不動産屋の人に言われて止めました。トラックターミナルは中に多くの店や診療所もあるそうで、まるで独立した一つの街のようになっています。
その後は、高島平駅付近で高架に前谷津川第2架道橋と書かれているのを発見。前谷津川は暗渠化されていますが、都営三田線開通当初は川が残っていたようです。また、起点が現在の白金高輪ではなく計画当初の起点である泉岳寺になっているのも興味深いです。近くにある西台高架橋は白金高輪起点になっていました。
最後は、高島平団地内にて発見した中国ものや韓国ものを中心にアジアの食品や雑貨を扱う店で、菓子や飲み物を色々買いました。ここで買った香辛料や油を塗りたくった中国のシート状の菓子は不思議な味でした。
今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
http://blogs.yahoo.co.jp/silkroad_vx/39641523.html
ログインしてコメントを確認・投稿する