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2015年10月08日21:56

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不衛生な水で10億人以上もの人たちが・・ 子供たちが死んでゆく

それは、アジア・アフリカをはじめとする途上国地域はもちろんのこと、先進国においても、世界の人々の命、生活、そして経済を考える上で、最重要事項が「水」の問題だからなのです。「水」は、人々の命を、直接的にも間接的にも支えているもっとも重要な「資源」です。
 まず、「安全な飲料水の確保」は人々の健康や命の問題につながります。実際に、世界では毎年180万人の子供たちが不衛生な水等を原因とする病で命を落としています。
 次に「農業用水の安定供給」は食料の問題につながります。
 さらに「下水対策、水質汚染対策」は環境や公衆衛生の問題につながります。そして突発的な洪水や台風などにも応じられる「治水対策」は、人々の生命や財産を守るために、なにより地域社会の安定にとって不可欠です。
 いわゆる地球環境問題の筆頭に挙げられる「気候変動」。実は温暖化を含め、気候変動で一番影響を受けるのが「水」資源です。降雨のパターンが従来と変わり、渇水や洪水が起きやすくなる。途上国ばかりでなく、日本においてもここ数年水の被害に関するニュースは後を絶ちません。
 それだけに、水資源の保全や治水のために「適切な水資源の管理や気候変動への対応」が重要な課題となってくるわけです。
 では、日本は、世界が直面する水問題に対して、どんな貢献ができるのでしょうか?
 水問題の世界的権威で、「水文学」の専門家、沖大幹・東京大学生産技術研究所教授に、世界の水問題の現状と課題、日本が果たすべき役割などについて聞きました。
池上命、農業、健康、衛生、物流、土木にいたるまで、水は人間のあらゆる営みの根幹にかかわっています。日本の国際協力と聞いて、最初に一般の人々が思いつくのも、途上国で井戸を掘って水資源を確保することでしょう。それくらい、水の問題は、人間にとって重要でかつ広範な問題であり、なかなかひとことで「これが水の問題だ」と定義するのは難しいかもしれないのですが、そこをあえて沖先生にお聞きします。地球全体で考えたとき、人間にとって今、「水の問題」とはまずなんでしょう?

沖深刻なのはやはり第一に「飲み水の問題」ですね。なにせ安全な飲料水にアクセスできない人が世界では9億人弱もいるのです。
 ちなみに、ここでいう“アクセス”とはWHOが定義したもので、1km以内に一人1日20リットルの水を確保できる場所がある、ということが目安です。1kmの距離を歩くと片道約15分かかるので、安全な飲み水へのアクセスがない人たちというのは、生活に必要な水を得るのに毎日往復30分、家族全員分を運ぶのに例えば4往復必要なら2時間以上の水汲み労働が必要な計算になります。そんな状況下にある人たちが9億人弱もいるということに驚かれるかもしれませんが、これでもずいぶん改善した数字なのです。90年代以降、世界中で「水」の安定供給を標語として途上国支援をしていこうという動きが進んだ結果、安全な水にアクセスできない人の数は確実に減りつつあります。
 実は、安全な水の確保というのは、単純に「命」の問題だけを解決するだけではないのです。水へのアクセスが改善した地域では、子供たちの就学率が改善されたり、女性の社会進出が促進されたりするんですよ。

池上え、そんな関係があるんですか。安全な水にアクセスできるようになると、なぜ子供が学校に行きやすくなったり、女性が社会で仕事をしやすくなったりするんですか?

開発途上国では、水汲みは子供や女性の仕事だ
ガーナ PHOTO BY 今村 健志朗/JICA

沖それは、水汲み、というのがとてつもない重労働であり、また、多くの開発途上国では水汲みは子供や女性の仕事とされているからです。水は生命の維持には欠かせませんし、日々の生活を文化的に暮らすにも欠かせません。そうすると、水汲み労働はあらゆる活動に優先することになるわけです。その結果、水が不足した社会では、子供や女性は水汲みのために他の活動に関わる機会が奪われてしまう。いまも、水を汲んで自宅に運ぶというそれだけのために一日に何時間も費やしている人々が世界には大勢いるのです。

池上なるほど、水の足りない社会では、女性や子供たちが水汲みの重労働に駆り出されているわけですね。

沖そうなんです。だからこそ安全な水へのアクセスがない状態を解消する必要があります。水へのアクセスが改善されれば、今まで水汲みのために時間を奪われていた子供たちも学校に行く時間が作れるようになるし、女性もさまざまな職業に就く機会を得られるようになります。飲料水がたやすく手に入る社会が実現すれば、人々の命が救われるだけでなく、子供の教育水準向上や女性の社会進出も促進され、経済発展にも繋がるのです。

池上飲料水の安定確保は、国の発展にも直接つながるわけですか。いやあ、目からウロコが落ちる話です。

沖それだけじゃありません。こちらはむしろよく知られている話ですが、水の安定供給に対する投資は、就学率、就労率の向上のほか、農業の改善にも当然役に立ちます。その波及効果は非常に大きく、アジア開発銀行の推計では投資額の8倍ものリターンがあるといわれているんです。

池上考えてみると、日本でも終戦直後、50年くらい前までは水汲みの習慣が田舎はもちろん東京近郊でも普通にありました。朝起きて水を汲んでかまどで火をたくのは、もっぱら主婦の仕事でしたね。

水の安定供給に対する投資は、
就学率、就労率の向上など波及効果は非常に大きい
ウズベキスタン PHOTO BY沼田 早苗/JICA

沖上水道が完備していない国においては、かつての日本と同じ状況がいまだに続いているわけです。先にも述べましたように、水汲み労働は主婦や子供が担うことが多いので、女性の社会進出にもかかわります。水の国際会議ではジェンダーについての問題が必ず提起されるくらいなんですよ。
 私が直接かかわったプロジェクトではありませんが、水支援の効果を示すエピソードをひとつ紹介しましょう。
 あるイスラム圏の村で井戸の掘削事業を行ったときのこと。日本のスタッフが最初に村を訪れた時、女性たちは恥ずかしがって出てこなかった。(イスラムの女性は慎み深いからだろうな)と日本のスタッフたちは思ったのですが、井戸が整備された後にもう一度訪問した時には、女性たちがうれしそうにみんなの前に出てきたそうです。理由を聞いたらこうでした。井戸ができるまでは、水不足のため服を洗う余裕などなかった。汚れた服のままでは恥ずかしくて、人前に出ることができなかった。けれども、井戸が整備された結果、服が洗えるようになったのでもう姿を見せても恥ずかしくないんです――。彼女たちはこう話したそうです。

池上それは現場を経験していないと絶対に聞けないお話ですね。

沖ええ。水は生命を維持するための飲料というだけではなく、人としての尊厳にもかかわってくる存在なのです。健康で文化的な最低限の生活、日本国憲法で謳われている基本的人権の確保にとって水は必要不可欠だ、ということだと思います。

池上日本でも私より上の世代は水汲みの苦労を経験したはずなのに、すっかり忘れているようです。今の子供たちは、水は蛇口をひねれば際限なく出てくるものと思っていますが、日本でもかつては井戸水が主流でした。私は小学校の頃、東京・練馬に住んでいましたが、1960年代前半――ちょうど東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通したころですね――は、周囲のほとんどの家が井戸水を使っていました。私の家ももちろん井戸水。ある家の井戸水の出が悪くなると、その家は井戸をもっと深く掘って水を得ようとする。すると今度は近所のそれより浅い井戸の水が枯渇してしまう。じゃあうちも深く掘ろう、などとやっていると際限がないので、近所同士で話し合って、みんなの井戸を同じ深さに揃えようとしたものです。

沖水はみんなの共有財産であることがよくわかるエピソードですね。水は循環資源ですから、誰のものでもなくみんなのものなのですが、実際にはその利用をめぐってさまざまな軋轢(あつれき)が生まれてきました。誰でもたやすく安全な水が手に入るようにすること。水の問題においては、この条件をクリアしなければなりません。

池上9億人の水に恵まれない人々のことを考えると、世界各地で水をめぐっての軋轢が生まれるのは容易に想像がつきます。より多くの人々が、たやすく飲料水を手に入れられるようにするために、ほかに何がポイントになるのでしょうか?

水道水なら水売りから買うよりも
安く買えて大量に使える
カンボジア PHOTO BY 今村 健志朗/JICA

沖実は、水へのアクセスの問題以外に、もうひとつクリアしておかねばならない問題があります。それは価格。水は常に誰しもがふんだんに利用しても支払える適正な値段であるべきなのです。
 けれども、実態は残念ながらそうはなっていない。途上国の都市では、水道施設から水を得ている地域と、水道がない地域があります。さて、どちらの方が高い水を使っているのか? 水道施設を利用しなければならない地域のほうが高いような気がしますよね。
 でも、実際は逆。水道施設のある地域の方が水の値段は安いのです。水道がなければ、自分で水を汲んでくるか水売りから買うしかありませんが、この値段が意外と高いのです。要するに人件費が余分にかかるわけですね。例えばケニアの例で聞いた話ですが、水汲みを頼むと200リットル運ぶのに約150円、1トンあたりに換算すると750円程度払うのだそうです。日本の水道水は1トンあたり全国平均で約200円ですから日本の4倍近くも払わないと水が手に入らないことになります。また、フィリピンのマニラでは、富裕層が住む地域は水道施設が敷かれていますが、そうでない地域は水道の約10倍のお金を払って水売りから水を買っています。金持ちのほうが安く水を使え、貧困にあえぐ人々のほうが高い水しか使えないのです。

池上適正な価格で水が供給されるようにするには、どうしたらいいんですか?

沖水道施設の水のほうが、水汲みから買うより、安く水を使える、というエピソードからも自明です。社会全体で、お金を出し合って水のインフラ基盤を整えること。それ以外に方法はありません。日本は、戦後急速に水道設備を充実させました。だからこそ、値段を気にせずに水をふんだんに使えるようになったのです。水に困っている地域を救うには、やはり水道のようなインフラ整備が大切なのだと思います。

人間が飲む水――飲料水とともに考えなければならないのが、人間が使った後の水――下水の問題も、水の問題を改善する上では重要ですよね。
沖さきほど池上さんのお話でも、東京の練馬区でも60年代から70年代にかけて家で利用する水が井戸から水道に替わったとありました。高度成長期で東京に人口が集中し、井戸水ではまかないきれなくなったのが主な理由ですが、井戸が使われなくなったのにはもうひとつ汚染の問題もありました。人口密度が低いうちは河川や井戸など飲料水の水源と汚水を切り離しておくことができますが、人口が増えてくると井戸水のような水源が汚染される可能性が高くなります。人口が増加し続けた東京をはじめとする日本の都市部では、井戸水が汚染される危険性は増す一方。急速に水道に置き換わったのには、そんな理由もあったわけです。実際、コレラや赤痢といった水系感染の伝染病は水道普及率の向上と共に日本では劇的に減少したのです。
 水は汚染されていたら、資源としてはないのと同じ。飲み水の安定確保を考える上でも、下水処理をきちんと行うことは非常に大切です。
 けれども、残念なことに下水問題はなかなか進展しません。飲み水の確保に比べると、どうしても後回しになってしまう。日本でさえ下水道普及率は約70%にとどまっています。
 2000年の国連総会で採択された「ミレニアム開発目標」には「2015年までに安全な飲み水にアクセスできない人口の割合を半減する」という目標が掲げられました。さらに2002年のヨハネスブルグサミットでは「2015年までに適切な衛生施設へのアクセスができない人口の割合を半減する」という目標が追加されました。
 飲み水の供給については、アフリカ大陸のサハラ砂漠以南のエリアを除いては改善が進んでいます。一方、トイレの整備をはじめとする水の衛生対策は世界のどこでもかなり遅れているのが現状です。

池上「井戸ができてよかった」という話はわかりやすいものですが、下水の話はイメージしにくいということもあるのでしょう。

沖そうなんです。目に見えないというのはいろいろな意味で難しいですね。一見飲めるようでも汚染されている、という水は少なくありません。手ですくって飲めそうな深い山間の清流の水だって、上流に人が住んでいたり動物が生息したりしていたら確実に汚れています。飲み水の汚染は下痢や感染症の蔓延(まんえん)につながります。公衆衛生や水環境の保全のためにも早急に対処すべき問題ですが、飲み水にはお金を払っても、下水にお金を払うことには抵抗がある、という感覚は、途上国でも先進国でも存在します。人間が汚した水をきれいにしなければ、結局安全な飲み水も手に入らない、ということがなかなか体感してもらえないのです。このあたりの意識改革も必要だと思います。

池上水の問題、といえば避けて通れないのが治水の問題ですね。最近は日本でも気候変動の影響なのか、突発的な豪雨でさまざまな被害が出ていますが。

沖洪水が起きると、衛生面でも問題が発生しますし、農業にも多大な被害が及ぶ。たいていの作物は水浸しになるとだめになります。そして、この治水問題も、先に述べた飲料水の問題と同様、同じ地域でも貧富の格差を受けてしまうのです。

社会の安全と経済発展のために治水対策も重要な課題だ
ブータン PHOTO BY 今村 健志朗/JICA

池上どういうことですか?

沖同じ地域でも、洪水の被害に遭いやすい場所と、そうでない場所があります。洪水の被害に遭うのは、たいがい川のそばの低地やがけの下などで、こうしたところは地価が安いところが多い。一方、洪水に遭いにくい場所は、台地の上などで水はけがよく、地価が相対的に高いところです。これは日本をはじめ先進国でも、途上国でも同じ図式です。つまり、洪水の被害を受けやすいところに住んでいるのは経済的弱者が多いのです。
 ところが、洪水対策につながる治水事業は、下水問題以上に、平時には関係のない話なので、後回しにされがちなのです。きちんと対策をとっていないと膨大な経済損失を被る可能性を秘めていることになるのですが。計画的な治水対策があってはじめて、社会の安全と経済発展が支えられている。この事実を先進国も途上国も、ともに意識すべきでしょう。

池上治水対策に、日本の経験は海外でも生かせそうですね。

沖例えば、高度成長期に日本中で都市化が急激に進みました。都市化が進むと、コンクリートやアスファルトなどで地表面が固められて雨水が浸透せず豪雨の際には表面を流れるようになり、また下水の整備などによって水が流れるスピードが速くなって、同じ程度の強さの豪雨でも洪水のピーク流量が田園だった時の2倍、3倍になるという都市洪水を引き起こす危険性があります。そうならないために、雨水を一時的に溜めておく施設を作ったり、雨水が地面に浸透しやすくなるような設備を据えたり、いろいろな工夫を凝らしてきました。失敗もありましたが、それを乗り越え、これだけ豪雨の多い国で何とか安全で快適な暮らしができるようになりました。日本で培われた治水のノウハウや技術は途上国の治水対策にも十分移転できると思います。

池上お話を聞くまで、途上国の水の問題、というと、とても遠い話のように聞こえましたが、とんでもないですね。私自身も経験していた、ほんのちょっと前の日本の問題でもあったわけです。
沖そのとおりだと思います。

池上その日本はここ数十年の間に、飲料水にしても、下水にしても、治水にしても、試行錯誤を繰り返しながら、経験と技術を積み重ね、問題を克服してきました。だからこそ、今度は途上国の水問題を解決する手助けをする番が回ってきた。そう考えればいいのでしょうか?

沖そうです。ただし考慮すべきは、途上国といっても、地方と都市部では事情が全く違うということ。地方の村落の場合は井戸でもいいからとにかく水の確保が急務になり、都市では生活環境を良くするという視点も大切になります。また、現地の人が本当に何を必要としているかは国によっても地域によっても異なります。水の問題は、その地域の気候や地形と直接関係のある「自然の問題」でもあるので、現地の個別の事情に対応したきめの細かい協力が必要です。

現地の人たちが支援技術を自分のものとして
使いこなせるようにすることが大切だ
バングラディッシュ PHOTO BY 谷本 美加/JICA

池上 援助の主役は、あくまで現地の人なんだ、という点も見逃せないでしょうね。単に井戸を掘って、それを手渡すだけ、というようなやり方では、井戸の設備が壊れたらそのまま放置されてしまい、せっかくの協力も形だけで終わってしまう。実際そんなケースもあったと聞きます。当初は日本のスタッフが技術移転をするにせよ、最終的には現地でその施設を使う地元の人たちが、「これは自分たちが掘った井戸だ」という意識を持ってもらわない限り、安定的なインフラにはなりえません。

沖まさにその点において、国際協力にも現場主義が重要になります。ハードやお金を現地国にただ渡すだけでなく、現地でどう使い、どう管理していけばよいか、現地の人たちと一緒に考えていく。これが大切なのです。オーナーシップあるいはコミットメントといわれるように、海外からの援助によってもたらされた施設をいかに自分たちのものと思ってもらい、維持に関わってもらえるかどうかが国際協力の成否を分けるのですね。
 現地の人々が望んでいても、資金や作り方、運営ノウハウがないから実現できない設備。そういった設備の環境を実現するのが、国際協力なわけですが、最終的には「先進国から援助してもらった設備」ではなく、「自分たちで整備した自分たちの設備」という意識を持ってもらわなければ、せっかくの国際協力も意味を失ってしまう。
 日本の国際協力の特徴は、水問題においても、現場主義で、地元の人々に設備やサービスをちゃんと手渡していく労を厭わない点にあるのではないでしょうか。
 JICAがセネガルで実施した給水事業が、その好例です。このプロジェクトでは井戸の掘削という給水設備の整備だけでなく、設備を長期に活用するために水管理委員会の育成や井戸修理技術の研修などを実施しています。たとえば、会計係を女性にすることで集金率をアップするなど、運営面でも非常に効果を上げているようです。

池上え、女性が会計係をやることで、集金率がアップするんですか?

援助される側の人たちが当事者意識を
持つことではじめて国際協力は実を結ぶ
ザンビア PHOTO BY其田 益成/JICA

沖ええ、どうも、男性よりも一般に女性の方がまじめだ、というのは世界共通のようで、現地で実際に研修などをやってこられた方たちの実体験だそうです。こうしたノウハウは、現場主義で協力していなければ蓄積できません。池上さんがさきほどご指摘されたように、援助する側の論理をただ押し付けるのではなく、援助する側とされる側がパートナーとなって、最終的には援助される側の人たちが、「自分たちの決断でこの設備をつくり、運営しているんだ」という当事者意識を持つ。そうなってはじめて、国際協力は実を結ぶのです。

池上会社の組織の動かし方と似ていますね。上司の意見を部下に押し付けると反発を食らったりしますが、あたかも部下が思いついたことのように進めるとうまくいったりします。
 ただ、ひとつ疑問があります。現地の人たちに、「あなたがこのやり方に決めたんですよね」と当事者意識を持っていただくには、その前にまず、選択できるだけの支援メニューをいくつか提示する必要があるのではないでしょうか?

沖おっしゃるとおりなのですが、そこはまだまだ改善の余地があるかと思います。というのも、日本の技術は高品質ですが価格も高い。一方、途上国の国内事情をかんがみると、日本で求められるほどの品質は必要ない代わりに、値段を下げてほしい、というケースがけっこうあるんです。

池上現地のニーズに比べ、日本の技術が、質の面でも、価格の面でも、ハイスペック過ぎることがあるわけですね。

沖ええ。ですから、水の問題や水の開発についてももう少し幅広くマーケティングを行い、いくつかのオプションの中から選べるような技術体系にしなければならないと思います。そうしないと「日本の技術はとても水準が高いけれど、お値段も高いから、うちの国では適用しにくい」と言われてしまうことがあります。国際協力にもマーケティングセンスが求められる時代なのです。

後編では、日本の「水の技術」が、途上国の水事情を一気に改善した事例が紹介されます。カンボジアではなんと、水道水がそのまま飲めるようになりました。そのほか、国際河川の治水や、水問題をテコに、紛争や貧困を同時に救ったり……。水問題の解決は、あらゆる問題の解決につながる驚くべき事実を、沖教授が開陳します。

池上 途上国支援というと、私たちはついつい農村の風景を思い浮かべてしまいますが、実際には都市部への支援もあるわけですね。

沖 もちろんです。途上国の水問題は、むしろ人口が過密した都市部こそ深刻ですから。カンボジア・プノンペンの水道整備事業は、都市の水対策として非常に成功した例です。実は、プノンペンでは蛇口から汲んだ水をそのまま飲むことができます。日本では当たり前ですが、東南アジアを旅行したことのある人なら、「水道の水がそのまま直接飲める」ことがいかに画期的なことかおわかりでしょう。日本(JICA)の支援が入ったことで、従来は70%以上もあった無収水率(漏水や盗水で失われる水の割合)も8%にまで激減しました。無収水率が低下したことで水道事業体の経営もよくなり、サービスに還元することができました。そうなると水道を設置したいという住民が増え、どんどん普及が進み、それに伴いさらに品質が向上するという好循環が生まれているといいます。

池上 カンボジアで蛇口から出る水を飲めるというのはすごいですね。

沖 現地の人も誇りを持っています。事業が始まったのは90年代ですが、ハード、ソフト両面からの支援を行った結果、いまだに水道の品質は高いまま保たれています。

気候変動で水の循環パターンが変わる
PHOTO BY其田 益成/JICA
池上 地球の未来を考えた時、必ず話題になるのが気候変動の問題です。水の問題と気候変動の問題の関係について教えていただけますか?

沖 気候変動というと温暖化で気温が上がることばかりが気になりますが、社会への影響としては、気温上昇に加えて、雨の降り方、風の吹き方など、気候のパターンが従来と変わってしまうことが大きな問題をもたらします。


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