「抗日戦における共産党軍の貢献は最大で5%」と台湾元首相が批判・・・中国メディア「卑怯者、ここまで来て言え!」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=97&from=diary&id=3596286
「抗日戦勝記念日」とは(wikipedia)・・・
http://qq1q.biz/nF7s
このアニメ
http://qq1q.biz/nF7Bで、あらためて見直してみたいと思ったのだ。
中国東北部、満州に移住してきた日本人たちの取材で、南満州鉄道に乗り込んでいた二人の若い新聞記者はそこで一人の将校と出会う。 彼の名は石原完爾といった・・・。1931年9月、満州で歴史の歯車が動きだそうとしていた。 日本が戦乱の泥沼に足を踏み入れるきっかけの一つとなった満州事変である。 そこに至る過程で何が起きていたのか?満州に集った日本人たちの視点を通し、事変勃発に至る道のりを描く。
※第7話「事変」のテレビ放送予定はありません。(ほんとに、放送自粛されました)
一体、その日、関東軍と北京軍の間で ”燕京(当時の北京)”で、何が起こったのか・・・
「Shanghai 1945」・・・
http://qq1q.biz/nF8h
”真珠湾攻撃に始まった第二次世界大戦末期。
新聞記者の本郷義明は南方から二年ぶりに戻ってきた上海で
むかしその町で愛し、別れた中国人女性と再会する。
彼女は中国人医師、李光裕と結婚していた。
本郷は日本軍将校白浜中佐の命令で、白系ロシア人のサーシャとともに
日本軍の資金調達のための阿片取引に協力することになるが
日本軍、蒋介石政権、共産中国の陰謀が入り乱れる上海で
日本の敗戦は目の前に迫っていた…。”
”日華事変”の始まりから終わりまで、口をつぐんで 誰も語らないのなら、自分で調べるしかない・・・
”証拠隠滅”されたり、故意に”改ざん”される前に、物的証拠を見ておかなければ・・・文革も過ぎ、どこまで歴史の傷跡が残ってるのか、分からないけれど、ありもしない歴史が書き換えられる前に「日本のした事」を見て、現地の人の生の話を聞かなければと思った。
党関係者や公式ガイドが仲介すれば、外国人には「見栄えのする こぎれいな観光地」しか案内しないのは目に見えていたので。
それが、自分を知るための第一歩なら。それが、オレの中国一人旅の目的の一つでもあった。
(ほんとは、冷やし中華があるかどうか。竜門石窟を見るための観光旅行が 表向きの理由だが)
今夜から、明日にかけて 中国では お祭りだそうだ。
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