http://9001.teacup.com/sfk/bbs/15849 (写真入り記事)
「one of them(ワン・オブ(ノブ)・ゼム」という英語の言い回しがあります。
「多くの中の一つ」「唯一のもの、というわけではない」という意味合いがあります。
先日、facebookでつながっている方と再会して喜び合った時に、「菅野さんに取って私は、『one of them(ワン・オブ(ノブ)・ゼム)』に過ぎないでしょうね」と、言われました。
そんな気持ちはないので、「そんなことありませんよ」と即答しました。
特に、リアルですでに関係を持っている相手に対してそう感じることはあり得ません。
時々子供たちに、「パパ、どうしてパソコンに向かって笑ってるの?」と言われて、ハッとすることがあります。実際に会って話をしているような気持ちで、画面を見ながらキーボードを打ち込んでいます。
私にとってSNSは、アマチュア無線の延長線上にあります。
かつては、自宅の庭にアンテナを立て、車には、HFから1200MHzまで送受信できる無線機とアンテナを設備していました。私は、無線に興味があるというより、無線という媒体を通して、人間関係を築き、深めているに過ぎませんでした。
パソコンをやるようになり、インターネットを通して、世界中のパソコンと常時接続されるようになり、ホームページ、掲示板、チャット、ライブチャット、SNSなどを通して、人間関係を築いてきました。
最近、facebookなどのSNSをしていると、「いいね!」や「コメント」の数を求めているような人のページに接することがあります。
そこには、自己満足と一抹の寂しさを感じます。
その人は、SNSをやめた途端、寂しさに心が凍るのではないかと思います。
仕事で忙しい時代には、たくさんの年賀状や、お中元、お歳暮などが届けられるのに、退職したとたん、ゼロにはならないにしても、その数が激減して、寂しさを感じるという話を聞いたことがあります。
私は、facebookなどのSNSなどで、ひとりひとりの人を「one of them(ワン・オブ(ノブ)・ゼム」と思って関わることはありません。
私に関わる人の中には、もしかしたら、何も考えず機械的に、「poke」や「いいね!」を押しているだけとか、マルチポストで「コメント」を次々に「コピー&ペースト」して回っているだけの人もいるかも知れません。
しかし、仮にそうであったとしても、チラッとでも私を思い起こし、意識し、アクションを起こして下さっていること思うと感謝に堪えません。
ただ、寂しく感じるのは、私が書いた文章の文脈を無視して、ある一つの言葉尻を取って、批判的なコメントを書いたり、持論を書き並べるだけとか、コミュニケーションとは程遠い内容を書いて来られると、寂しさ感じることがあります。
「ここが良かった」とか、「こう思った」とか書いて下さるとうれしいですが、「おはようございます」「こんにちは」だけでも十分です。心通わせることができたら嬉しいです。
もちろん、批判的・攻撃的なコメントを書いてくれる人の心の裏側には、何か別のことが言いたいのはわかりますが、文章でのやり取りには限界がありますので、メッセージなどに切り替えさせて頂きます。コメントは、心通わす手段として活用し合えたら素晴らしいなーと感じます。
いつもありがとうございます。あなたに会えて良かったです。
「one of them(ワン・オブ(ノブ)・ゼム」と考えて接することはありません。ただ、facebookに使える時間が限られているので、そういう印象を与えてしまうことがあったとしたらお許し下さいネ。
実際にお会いした時には、ゆっくりお話をさせて頂きたいと思います。
せっかく知り合ったのですから、願わくは、一生涯お友達でいましょう。
神様の祝福をお祈りします。今日もありがとうございました。
ログインしてコメントを確認・投稿する