mixiユーザー(id:12140085)

2015年05月21日23:06

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動物愛護に名を借りた、矛盾だらけの脅迫

本当に、太地町のイルカ漁は、理不尽な批判にさらされている。太地町の追い込み漁に狙いを定めて、動物園・水族館に脅しをかけて販路を断ち切り、やめさせようとするなんて、ヤクザ顔負けのやり口ですな(^_^;

太地町イルカ、町長「漁守る」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3426313

そもそも、本当にイルカのことが可哀そうだと言うのなら、どんな捕まえ方をしたか以前に、野生のイルカを捕まえて、人間の娯楽のために無理やり芸を仕込むこと自体を批判すべきなのでは?世界中の動物園・水族館に対し、

「人間の娯楽のためにイルカの自由を奪うのは残酷だ!今後、、野生のイルカを捕まえて飼育することを一切禁止せよ!」

と主張するのであれば、理解できる。でも、そこまでは言わない(言えない)のなら、その捕獲方法をもって、良い悪いを判断するのはおかしい。百歩譲って、「残酷な方法で捕獲するのはいけない」というのはアリとしても、だったら、太地町の漁師に対して、「残酷でない捕獲補法」について説明を求められたら、答える義務があるはずだ。それを黙殺して、太地町のイルカ漁を苦境に陥れるような要求は、動物愛護に名を借りた、矛盾だらけの脅迫にすぎない。

太地批判の急先鋒のオーストラリアでは、増えすぎたカンガルーやコアラが大量に駆除されていると言われている。増えすぎた動物を駆除していいというのなら、なぜ、コアラやカンガルーはよくて、鯨やイルカはダメなのか。こんなもの、感情論以外の部分で説明できるはずがない。「増えすぎて、農作物に被害が出るから」が許されるなら、増えすぎて漁場を荒らすイルカを捕まえて批判される謂れはないはずだ。

人間が生きていく上で、過去に無数の動物たちの命を奪って来たのは、否定のしようがない事実で、それは、未来に向けても変わらない。その過程で、どんなにきれいごとを言い繕おうが、「一切肉は食べない、毛皮なんて買わない」という人以外は、間接的に動物を殺すことに加担しているのである。だから、もう、筋の通らない動物保護運動(もはや、テロ集団になってる奴らもいるけど(^_^;)なんてやめて、種の存続を脅かすような捕り方以外は、どこの国でどんな動物を捕獲しようと、ほっといてもらいたいものだ。
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