今朝は5時起き。
昨夜は2時過ぎまで起きていたから、かなり辛い。
身支度を整えて、駅へと向かう。
函館5時54分発、普通列車の砂原経由長万部行きは既に入線していた。
キハ40の2輛編成。
2輛目に乗ろうとしたら、運転士に「どちらまで行きますか?」と聞かれた。
「森まで」と答えると、「後の車輛は大沼で切り離しますから、前の車輛にお乗り下さい」と案内された。
何となく世間話して、何処から来たのか聞かれたので、京都からと答えると、驚かれる。
東京からだと列車で北海道来る人はまあいてるが、関西からは殆ど飛行機だそうだ。
大沼まではまだ夜も明けて無いし、眠気もあり仮眠を取る。
大沼で目が醒め、ちょうど後の車輛を切り離す所だった。

大沼からはいよいよ、砂原支線へと入る。
ようやく空も白み始めた。
銚子口で列車交換。
高校生を広いながら進む。
鹿部を過ぎると、ちらりちらりと内浦湾が見える。
支線の愛称になっている渡島砂原は、何て事の無い無人駅だった。
7時34分、森に到着。
これで函館本線を完乗、と同時にJR北海道の全路線を走破した。
列車交換も兼ねて函館からの列車も停車したままであるが、改札を出て、駅待合室へ。
たまたまいた人と何となく話し掛けられて、京都から来たと話したら、何と京都の三菱で長年働いて、定年後に故郷の森町に帰って来られた方出会った。
森で折り返しの列車を待っていたら、「北斗星」が到着した。
食堂車で朝食中、個室から出て来る人もいる。
羨ましい限りである。
鉄オタだけで無く、一般客もかなりいたのには驚いた。
7時55分、渡島砂原経由の函館行きが到着した。
そして、大沼公園から来たキハ40も到着。
3列車が揃い踏み。
渡島砂原経由の函館行きは、8時7分の発車予定であるが、交換の貨物列車が遅れているらしく、それを待ってから発車するとの案内がある。
結局、7分程遅れで発車。
大沼到着も遅れるかと思ったが、定刻の9時に到着。
大沼発9時5分の大沼公園経由の普通列車が1分程遅れて到着した。
大沼公園に9時8分に到着。

15分にSLはこだてクリスマスファンタジー1号が到着。

狭い大沼公園のホームや待合室が物凄い事になった。
何故か支那人が多い。
大沼公園はホーム一本しか無いので、SLはこだてクリスマスファンタジーは赤井川まで待避する。
1時間ばかりあるので、大沼湖畔まで歩いてみた。

土産物屋は歓迎している様だ。

先発の特急「北斗」が苗穂でのポイント故障の影響で14分遅れで運行していると云う。
10時過ぎ、特急「北斗」が発車して行き、ようやく、快速「SLはこだてクリスマスファンタジー」が入線した。
「SLはこだてクリスマスファンタジー」の車輛は14系を中心にした5輛編成であるが、4号車のみ半室ビュッフェのスハシ44を連結している。
今回の私の座席は、4号車5番A席。
スハシ44である。

車内は、テーブルが着いたりモケットが張り替えられていたりするが、基本は種車の国鉄スハ43系客車のスハフ44 2。
スハ43系客車は、急行列車のサービス向上を目的に、従来の客車と比較して居住性を大幅に改善した客車で、1951年から製造されている。
所謂、旧型客車と云われる車輛である。
旧型客車など乗るのは90年の夏以来。
ましてや、半室とは云え記号が「シ」
ビュッフェスタイルの食堂車である。

記号「シ」の車輛など95年に特急「つばめ」「にちりんシーガイア」で乗車して以来。
車内で調製しているのはコーヒーだけとは云え、紛れも無く食堂車。
五島軒のアップルロールケーキとコーヒーを頂き、優雅な一時を過ごす。

今朝の「北斗星」何する物ぞ。
此方は蒸気機関車牽引の旧型客車の食堂車であるぞ。
19年振りの「食堂車」を心行くまで堪能し、僅か40分のSLの旅は終わり函館に到着した。

紛うことなき「シ」の記号。

次の特急「スーパー北斗7号」は12時29分発。
1時間半は時間があるのだが、外は吹雪出し、また「スーパー北斗7号」は指定席グリーン席共に売り切れと聞いていたから、自由席を並ぶ事にした。
駅周辺の土産物屋を見て、5番線へ。
函館駅のホームは寒く、つい立ち食いのそばを頂く。
12時10分、「スーパー北斗7号」が入線。
6号車12番D席に陣取った。
入線した頃は並ぶ程の混雑では無かったが、発車が近付くとまた支那人の団体が現れ車内が混沌とする。
流石に連続の寝不足疲労が祟り、うとうととしてしまう。
目が醒めたらちょうど山崎を通過していた。
長万部を過ぎて、乗車直後に予約しておいた、名物の「もりそば」が届く。

これは、私が勝手に「日本四大駅そば」と読んでいる物で、立ち食いスタイルでは無く、折詰の駅弁になっている。
昔と変わらぬ味で旨い。

窓の外は雪の内浦湾。
旅の醍醐味である。
洞爺に着くと、交換列車が遅れていると云う。
9分の遅れで発車した。
段々と雪が浅くなり伊達紋別を過ぎると雪が無くなった。
完全に地面が見えており、冬の北海道とは思えない。
伊達紋別で隣の12番C席が埋まった。
東室蘭では通路まで立客で溢れる事態に。
再び睡魔が襲い、目が醒めたら札幌の手前だった。
札幌で、駅構内にある土産物屋で慌ただしく土産物を買う。
そして、4番線へと急ぐ。
実はこの旅日記の一日目で、敢えて書かなかった事がある。
東京からの夜行バスが遅れ、青森駅で一時間もの待機時間が出来て仕舞ったが、その時にふと思い付いてみどりの窓口へ行ってみた。
殆ど駄目元であったが
「13日の札幌発の北斗星、開放式なら一つ空きがありますが…」
何と、キャンセルが出ていた様だ。
「食堂車の予約は出来ますか?」
「二回目でしたら、フランス料理、懐石とどちらもお取り出来ます」
暫し熟考し
「懐石でお願い致します」
懐石にしたのは、単純に安いのと、あとワインが高いから。
それだけである。
こう云う経緯で、札幌駅で「北斗星」を待つ。

私は余り「ブルトレ」とか云う言い方は好きでは無いのだが、幼き頃にブルトレブームの中を過ごした身として、いよいよ最後となったブルートレインに敬意を表して「ブルトレ」と云ってみる。
17時過ぎ、DD51に牽引された「北斗星」が入線。
子供の頃、憧れたブルトレ。
その最新鋭たる24系25形。
多数の人が写真を撮っている。
私の座席は1号車14番の上段。
1号車は開放式B寝台ではあるが、4人で利用すると個室にもなる車輛。
所謂、コンパートで、戦前の個室寝台でも4人部屋は基本だったと云う。
ソロやロイヤルは取れなかったが、まあ満足。
自身の寝台に荷物を置いて6号車のロビーカーへ移動。

撮影を犠牲にしても、場所取りに専念する。
17時12分、音もショックも無く発車。
ゆっくりと札幌駅を離れる。
これから1200km、16時間の旅路。
まだロビーカーは人が少ない。
なので、記念撮影も難なく撮れる。

発車して暫くしたら、「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールが流れる。
そして、上野までの案内が入る。
ロビーカーまで、シャワー利用券購入の列が伸びている。
それが一段落したら、18時からの第一回目のディナータイムの客が集まり始める。
そして、ロビーでのんびり過ごそうとする客も。
ツマミでビール、或いは駅弁を食べている人も。
ひょっとしたら、食堂車グランシャリオのパブタイム待ちの人もいるかも知れない。
伊達紋別の手前19時40分、グランシャリオの予約があるので赴く。
「ブルトレ」の食堂車は初めて。
昔の、子供の頃の自分に云いたい。
「ブルトレ」に憧れていた時分の私に。
30数年後、予想以上の念願が叶うぞ、と。

当時の彼、幼き私は云うだろう。
「42になるまでブルトレの食堂車も利用出来ないのか、この甲斐性無し!!」

そのまま、懐石で一盞。


八雲、ゆかり様を通過し、今朝、北斗星を見送った森辺りで、呑み終わった。
ロビーカーに戻ると、パブタイム待ちの長蛇の列。
パブタイムはあきらめる。
その代わりビール呑みながら、ロビーカーにて一盞。
ロビーカーにいる方々と、何だかんだで話が盛り上がる。
楽しい一時。
青函トンネルも抜けて、いよいよ明日、帝都。
しかし、ロビーカーで出会った自衛官の青年が、ゲオ様に似ている…
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