私が子供の頃、物心ついて まっさきに感じた違和感は、
「女の子なんだから、女の子らしくしなさい」という言葉だった。
女の子らしく?それってどんな事??まだ自分では認識できなかったので、とても不思議だった。
どうやら母によると"家事を手伝い、おとなしくしてる事"って感じだった。
それって母にとって都合が良いだけで、私の魂はぜんぜん喜んでいない。って感じてた。
でもそんな事 言ったら怒られるのは目に見えていたので、とりあえず内に秘めた物は大事に隠しておいて、ただ黙ってた。
学校に行っても宿題を押し付けられたり、全然嘘くさい歴史を暗記しろとか言われ、やる意味が見いだせなかったので、どちらも全くやらなかった。でも赤点を取ってもなぜか進級はできた。
社会に出ても、出る杭は打たれるから、協調性を持って生きなさいと、皆が言っていた。
若い頃、自分は醜いオヤジなのに、私が若いからと言うだけで勝手にチヤホヤし、たった二年先輩のまだ二十歳の女性に対して「トウが立って来た」などとセクハラな発言(当時はセクハラなんて言葉もなかった)に理不尽さを感じていた。
今でこそ強要はされなくなったようだけど、まだ未成年だったのに、高卒で就職した私に飲酒を強要された。
年を取って来たら、他では体力的にも精神的にも敵わないからと、唯一罵れそうな年齢を揶揄されて、理不尽を感じていた。
そんなこんながイヤになって、すべてを捨てて、NYに出てしまった。
そしたら、日本の常識は世界の非常識だったことに気がついた。
世界広しと言えど、愛国心が無く 自分の国の建国記念日も言えない日本人が多いのは、日本人以外満場一致で「非常識だ」と言われた。
そして今、全ての常識を一旦リセットし、ただ自分の魂が感じるままに生きてみた。
そしたら全てが手に入った。
日本から出る直前のあの頃、私の事を「地に足がついていない」と言っていた人たちは、それで幸せなのだろうか。
幸せならば良いけれど、自分で作った枠を、一旦見直してみるのも、悪くはないんじゃないかな、って思う、今日この頃でした☆
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