19年前に見た、故郷・神戸の惨状は、直接の被災者じゃない私でも、忘れることはできない。
■「忘れない」心に刻む=各地で追悼、冥福祈る―阪神大震災19年・兵庫
(時事通信社 - 01月17日 06:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=2726015
当時は、本庁勤務で、その前にいた職場が、災害時にはとにかく職場にいないといけない所だったので、親父の車に便乗して職場に行ってみたら・・誰もいない。県庁に行くまでの交通が途絶していたのだから、当然と言えば当然だったけど。
ビルがあちこちで倒壊し、火の手が上がっている様は、この世とは思えなかった。事務所も、ロッカーやら書類やらが散乱し、時折襲う強めの余震におびえながら、2〜3時間はたったひとり、職場で何もできずに過ごしていた。
結局、上司から「今日は、あんたも帰り」と言われて、引き上げることにした。ただ、県庁から歩いて10分程度の山の手の地域は、それほど被害がなく、完全に倒壊した家とかは目立たなかった。ほんのわずかな場所の違いで、そこまで被害の度合いに差があるのかと驚きもした。
当然、交通機関は止まっていたから、歩いて帰るしかなかったんだけど、有馬街道を歩いていたところ、行きがかりの車に拾ってもらい、鈴蘭台駅までは乗せてもらった。鈴蘭台界隈まで来ると、ほとんど地震の傷跡は見当たらなかった。
来年は20年の節目。土曜日だから、記念式典とかには顔を出しやすくなるかな。
ログインしてコメントを確認・投稿する