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2014年01月10日22:46

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岡山輪行 「天地無用!魎皇鬼」聖地巡礼の旅

去る12月21日、奈々ちゃんが岡山の祖母宅へ帰ると云うので、便乗して岡山へ行ってきた。
青春18きっぷでの遠征だから、始発列車に乗る。
京都発5時20分の列車は三連休初日と云う事もあり、割と混んでいた。
時間が早いため、姫路までは睡眠時間の延長。
軽く朝食を食べた後は、御着到着まで眠っていた。
姫路では3分接続で伯備線新見行があるが、あまりの混雑の為に1本遅らせる事に。
次の列車は8時1分発の岡山行。
十分に時間があるので、名物の「駅そば」を頂く。
姫路駅「まねき」の駅そばは、乗り鉄なら知らぬ者の無い駅そば。
小魚の出汁の効いた和風のつゆに、中華麺の様な黄そばが入っている。
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この取り合わせに天麩羅の衣が溶け込んで絶妙な味わいを作り出す、姫路の隠れた名物でもある。
8時1分の岡山行はかなり空いており快適だった。
ここでも睡眠。
うとうととしながら三石や和気を過ぎ、岡山に到着する頃には地元の乗客で一杯になっていた。
9時28分に岡山到着、2分の接続で三原行に乗り換える。
この電車も混んでいた。
しかし、それも倉敷までで、そこからは空席が目立つ。
10時12分、里庄着。
ここで祖母の家に行く奈々ちゃんと別れて一人旅に。
折り返しの山陽本線で倉敷へ戻る。
11時1分発の伯備線備中高梁行に乗車。
聖地である「清音」を過ぎて総社に到着。
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11時31分発の吉備線岡山行は国鉄色のキハ47であった。
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発車まで多少の時間があったからコンビニで弁当でもと思い駅前へ。
しかし、駅前にはコンビニもパン屋も、何も無かった。
目的地最寄りの服部ではまず食料品など売っている店は無い。
これは飲まず食わずの旅になるなと覚悟した。
吉備線に乗り換えて二駅、目的地最寄りの服部駅に到着。
何の変哲もない田舎の無人駅。
駐輪場に管理人がいるのが不思議なくらいだった。
今回、初の輪行と云う事もあり自転車を組み立てられるか不安ではあったが、何とか組み立てに成功。
目的地である岩屋へ向けて出発。
岡山道の高架を潜り、岩屋へ向けて走る。
距離は10キロほどで大した事は無いが、岩屋は標高400m程の山。
中間の砂川公園まではほぼ平坦な道程。
途中、自販機があったのでカロリーだけでもと缶コーヒーを購入。
中国地方限定版だった。
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砂川公園からは気合の入った山道。
急坂と急カーブが連続する。
歩く速度と変わらない速度で、喘ぎながら登る。
景色を楽しむ余裕もない。
ただただ、「鬼ノ城駐車場まであと何キロ」と云う看板の数字が減るのを期待して、前に進むのみ。
50分程、喘ぎながら登ると新山集落。
ここには「鬼の釜」が道のたもとに佇んでいる。
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鬼ノ城に住んでいた温羅(うら)という伝説の鬼が使用していたと伝わる釜で、総社市の指定文化財。
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車の中から見たことはあるが、間近で見るのは初めてである。
ここれ小休止をして、再び山道に挑む。
更に進むと「鬼ノ城」の駐車場がある。
「鬼ノ城」はに遺る神籠石式山城で、近年、整備されて建物などが復元されつつある。
「鬼ノ城」日本のどの歴史書にも一切、記されていない全く謎の山城である。
恐らくは663年(天智天皇2年)の白村江の戦いに倭国が敗れた後、唐・新羅の侵攻に備え築城したと考えられている。
日本書紀などにはこの時、西日本の要所に大野城など12の山城を築いたと記されている。
その為、鬼ノ城も防衛施設の一つであろうと推測されているのだが、前述の通りどの歴史書にもその存在が記されていないのである
史書に記載が無く、12の古代山城に該当しないものは神籠石式山城と呼ばれている。
発掘が進めば、いつの日にか謎が解明する日も来るのかも知れないが、この様な理由で、興味深い城ではある。
しかし、本日は時間が無いので通過。
鬼ノ城の辺りは標高400m程で、ここから下り坂で300m程下がる。
そして再び、急坂を上りようやく13時前に標高400mの岩屋駐車場に着いた。
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この新山・岩屋地区は平安時代の昔、比叡山と並ぶ山岳仏教の聖地だった所。
山麓に三十八坊あったとされ、善慧大師こと成尋阿闍梨もこの地で修行している。
駐車場から徒歩5分程、山道を歩き階段を上がると毘沙門堂がある。
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その先に、本日の第一目的地「鬼の差し上げ岩」が聳えている。
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これは「天地無用!魎皇鬼」シリーズでヒロインの一人「魎呼」が封印されていた祠のモデルになった所。
かつて「聖地巡礼」がまだ一般的でなかった頃、既に「聖地巡礼」と称して何度も訪れていた。
不動明王を祀る祠には天地無用グッズや巡礼ノートなどが置かれて、独特の雰囲気を醸し出していた。
しかし、第一期OVAシリーズから21年。
私自身も14〜5年ぶりの巡礼とあって、祠の中は当時の面影などなく、山岳仏教の聖地として本来の姿を取り戻していた。
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アニメの「聖地巡礼」がブームとなり町おこしで話題となる中、この世界の栄枯盛衰を見る様な思いがした。
そして、かつては比叡山と並び称される山岳仏教の聖地だった岩屋が、今では荒れ果て訪れる者も殆ど無い現状にも、諸行無常の理を感じた。
余り時間は無いが、もう二度と来る事も無いような気がして、差し上げ岩の上にも上がってみた。
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前に訪れたのは14〜5年も前。
私もまだ20代で、巨岩の割れ目の上を軽やかに渡っていたものだが、今では流石に難しい。
過ぎ去った日々を思いながら、巨石群が当時のままに有るの眺めていると、何とも悲しい気持ちになって来た。
この岩屋で巡礼者達数十人と年越しカウントダウンをした事もあった。
本当に、何もかもが懐かしい。
13時半過ぎに岩屋を離脱。
帰りは殆ど下り坂。
それもかなりの急坂でフルブレーキでも40?qをオーバーしている。
車すら追い抜き、服部駅までは15分も掛からず到着した。
自転車を解体して14時21分の総社行に乗車。
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総社では14時51分まで20分程時間があったので駅前を散策。
たまたまコロ太郎コロッケ「健彩」なるお惣菜屋があったので、晩の食事とコロッケを買う。
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駅の販売機でポタージュスープを買って寂しい昼食を終えた。
倉敷で15時7分の三原行に乗り続いての聖地の最寄駅、金光で下車。
金光が聖地とか云うと金光教の信者かと思われてしまいそうだが、それは違う。
金光から北へ4km程行った山に、太老神社と云う神社があり、そこが目的地なのである。
そして、もう一つの聖地「沙美海岸」への入口でもある。
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金光の駅構内には聖地「美星」の特産品の紹介もあった。
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太老神社までの道には聖地「遙照山」の案内板も出ていた。
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太老神社のある周辺の地名は「上竹」と云い、これも聖地。
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15時50分頃、太老神社に到着。
この神社は天地無用!シリーズに登場する、柾木神社のモデルとなっている。
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2004年9月、神社の賽銭箱が盗難にあった際には、天地無用!の公式サイトにて太老神社支援募金の呼びかけを行い、賽銭箱・魔除け鈴などを寄進した事もある。
以前からこの神主さんは巡礼者に寛大であり、清掃奉仕など務めてきた経緯もある。
参拝に来たのは10年振りで、何も変わっていない。
神主さんの好意で巡礼ノートの保管箱が新設されていたくらいだ。
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昔、この神社で巡礼者10数人でお泊りイベントもやった事がある。
それ位に寛容な神主さんだった。
太老神社も、恐らく二度と来ないような気がして、なんとなく佇んでいた。
登場人物が歩いた、長い階段状の参道も歩いてみた。
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太老神社で開催された天地無用!イベントが昨日の事の様に思い出される。
そして、コミケでサークル活動していた時分に「天地無用!」聖地巡礼本を出した事を。
何もかもが懐かしい。
金光から里庄までは二駅。
時間にも余裕があったので自転車で行こうかと思った。
途中、「金光のパン麦ばたけ」なんて店があったから、パンを買っておいた。
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鴨方でお土産に鴨方うどんを購入していたら奈々ちゃんから「もうすぐ里庄に着く」と連絡があったので里庄まで輪行。
駅前で待っていたら、自衛隊のポスターが目に留まった。
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奈々ちゃんが車で送られて来て、奈々ちゃんのご祖母様も一緒だったのでご挨拶をした。
もの凄く優しいお方だった。
岡山駅で19時16分発の姫路行を待つ間に、お土産などを購入。
駅弁も買い、酒は「極聖純米吟醸 雄町米」
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さほど混んでいない列車で晩餐。
姫路からの新快速も空いていて、快適に京都まで買える事が出来た。
京都には22時29分発。
小雨の降る中、タクシーで帰宅した。



今日は初雪の中、店舗勤務。
この寒さの中、客は少ない。
閉店間際にタチ交ブレーキワイヤー交換の客が来てバタついた。

帰宅後、余りの寒さに関東煮(かんとだき)を仕込んだ。
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明日か明後日、熱燗と関東煮が楽しみである。


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