土日は関東へ遠征してました。
例によって青春エコドリームでの遠征でしたが。
27日の朝8時10分、新宿駅で奈々ちゃんと合流。
駅構内には阿波踊りのポスターが貼られてましたが、徳島の本気っぷりが凄いです。
44分の湘南新宿ライン逗子行に乗車。
ちょっと豪華にグリーン車に乗車しました。
グリーン券は前もって奈々ちゃんが用意して呉れてました。
まずは鎌倉。
汁さん鎌倉なんて17年振りでした。
なんか駅前の様子も大分と変わっていたような気がします。
駅前の商店街を抜けて相模国一宮、三大八幡宮が一社である鶴岡八幡宮へ。
公暁が源実朝を暗殺せんと隠れていたと云う大銀杏が倒れてしまってました。
残念でなりません。
参詣をすませて、法華堂跡、源頼朝の墓へ行ってみました。
ここは汁さんも初めて。
学校の脇を抜けて、山懐にありました。
あまり観光客は来ないのか、静かでありました。
鶴岡八幡宮前の若宮大路に出て、奈々ちゃんがインデックスさんばりに「おなかすいた」と仰った為に早めにお昼ご飯。
湘南名物シラス丼を頂きました。
汁さんも生のシラス、更にシラスの漬けは初めて。
大変に美味で、少しお酒を頂いたのは秘密だww
お昼を頂いてから、若宮大路を歩いてみました。
そして、長谷の大仏へと移動。
これまた17年振りの江ノ電に乗車。
長谷で下車して歩く事10分、高徳院の門前が見えてきました。
拝観料は200円。
京都や奈良の神社仏閣に比べなんと安いことでしょう。
中に入ると大仏様が鎮座しておりました。
胎内にも入れるとの事で、20円支払って入ってみました。
17年前に、胎内に入ったかは覚えてません。
オタクっぽい三人組が、フィギアの作り方で大仏の製造工程を説明していたのが何か面白かったのです。
大仏の背中は面白いからとFranzさんに云われてたので、見てみたら、リアバーニアが開いておりましたww
再び長谷駅へ戻ってきたら、鎌倉のゆるキャラがラッピングされた電車が入って来ました。
汁さん達が乗車したのはなんと、京福電鉄カラーの車輛でした。
江ノ島で下車。
汁さん江ノ島も初めてでした。
最初は歩いて島まで行くつもりでしたが、乗合船があるとかで、初の江ノ島を船旅で上陸。
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それも、漁船を改造したような小さな船で、汁さん年甲斐もなく興奮してました。
10分程の船旅で江ノ島上陸。
海食崖基部の断層線に沿って侵蝕が進んだ海蝕洞群である岩屋探訪へ。
富士山風穴をはじめ、関東各地の洞穴と奥で繋がっているという伝説があり、蝋燭片手に洞穴を歩くのは、なかなか迫力がありました。
岩屋探検の後、岩場を歩いてみました。
フナムシは沢山いてましたが、魚とかは余り居なくてちょっと残念。
帰りも乗合船に乗船。
行きは二組四人だったのが、帰りは満席状態でした。
なんか、奈々ちゃんとは結構、10分20分程度の船旅をしているような気がします。
続いて奈々ちゃんの希望で新江ノ島水族館へ。
この水族館も勿論、初めて。
相模湾の豊かな生態系を中心に、見応えのある水族館でした。
特に、8000匹のマイワシの群泳は圧巻の一言です。
海洋学者としても名高い昭和天皇の偉業を展示したコーナーもありました。
クラゲの展示も凄かったのですが、なんだかんだで馴染み深いミズクラゲが一番、良かったです。
そして一番は、眠るアザラシさんでした。
海亀さんも見る事が出来て、大変満足であります。
また、水族館らしからぬ展示も。
潜水艦しんかい2000です。
深海の生物と絡めて展示されてました。
最後にペンギンさん。
丁度、お食事時間で、大変な事になってました。
一日乗車券を買っておいたので、小田急には乗らずに江ノ電の江ノ島駅まで移動。
しかし、流石は湘南江ノ島。
水着でうろついている人が多いこと!!
藤沢に着いたらホテルへチェックインして、早めの夜ご飯。
単なる居酒屋でした。
そして、NHKの世界の猫めぐりみたいな番組見たりで一日目終了。
28日は9時半にチェックアウト。
藤沢発9時48分の特別快速小田原行に乗車。
先発の熱海行き普通と違いガラガラでした。
小田原で途中下車するのは、恐らく1998年夏に箱根登山鉄道に乗車して以来ではないかと思います。
小田原駅のキオスクにエヴァのコーナーがあったのには驚きました。
駅前から小田原城目指して歩きます。
徒歩15分も掛からない位の距離。
小田原城は北条氏の本拠地として有名、江戸時代には小田原藩の藩庁となっていましたが、明治になって解体されてしまいました。
昭和35年に天守閣が再建されております。
車窓から眺めた事はありますが、中に入るのは勿論初めて。
天守からの眺めは実に良かったのです。
天守閣は北条氏から江戸時代の歴史博物館的な感じで、鎧や刀、火縄銃などが展示されてました。
小田原城を見学した後、「ういろう」へ。
小田原の外郎家は、日本へ亡命した元朝の外交官(外郎)であった陳宗敬に寄ると云われております。
宗敬の子・宗奇が室町幕府の庇護において京都に居住し、外郎家として外郎薬の販売を行ったと云われております。
この、陳外郎大年宗奇が、足利義詮軍に挑んで戦死した蟷螂山町在住であった公家で武将だった四条隆資の戦いぶりを「蟷螂の斧」のようだと讃え、四条家の御所車に蟷螂を乗せて祇園祭の際に巡行したのが今に続く蟷螂山なのであります。
京都外郎家は室町幕府の崩壊と運命を共にし絶えて仕舞いましたが、北条早雲の招きで本家4代目の祖田の子とされる宇野定治(定春)が小田原に赴き、小田原外郎家を成立させて今に至っております。
江戸時代には各種書物に登場し、小田原観光の名所となっておりました。
歌舞伎十八番の一つで、早口言葉にもなっている「外郎売」でも有名です。
お菓子の外郎を何本か購入し、外郎家のご当主をお願いしたら、生憎と外出中。
なので喫茶室でお茶を頂きながら時間を潰す事に。
ついでに関東大震災でも倒れなかった蔵を利用した外郎博物館も見せて頂きました。
1階は外郎の歴史でしたが、2階は…
どこかで見たような方々がと思ってましたら、奈々ちゃんがしっかりと汁さんが写っているのを見つけてくれました。
そう、蟷螂山の展示があったのです。
巡行の写真が、汁さんが正使を務めた時のでしたし。
思えばこの年に、400年振りに外郎家の方々が祇園祭に参加された、記念すべき年でした。
お昼に、ご当主のご厚意で勝寿司と云う、ういろうからすぐ近くのお寿司屋さんで御馳走になりました。
相模湾で上がった魚を握ってくれるお寿司屋さんで、ネタが新鮮なだけに実に旨かったのです。
江戸前の古い仕事である、薄焼き卵もあり感動。
カウンター6席にお座敷2卓しかない小さなお店でしたが常連さんで賑わってました。
また小田原に来る事があれば、是非とも立ち寄りたいお店です。
遅めの昼食を頂いた後、しばし、喫茶室で歓談。
楽しい一時でした。
この後何処に行くのかと聞かれて、今更横須賀でも無いなと思い、前々から行きたかった大雄山最乗寺に行こうと思い、そう答えましたら駅まで送って頂けました。
しかも荷物を駅前店で預かって頂けられるように手配までして頂き感謝感激です。
14時36分の伊豆箱根鉄道大雄山線に乗車。
これが初めての伊豆箱根鉄道でした。
15時前に大雄山着、そのままバスで大雄山最乗寺へと向かいました。
かなり山深い中を、三門を潜り本堂へ。
信じられない事に拝観料は必要ありませんでした。
最乗寺は応永8年(1401年)峨山五哲である通幻寂霊門下の了庵慧明によって開山され、東国における曹洞宗通幻派の拠点として大いに栄えた名刹です。
本堂では若いお坊さんが多数、勤行しており恐らくは夏休みを利用して高校生のお坊さんの卵が修行に来ているのでしょう。
お参りを済ませた後、金剛水を頂く。
そして、境内を見て回りました。
鐘楼の彫り物には圧倒されます。
結界門には天狗様が鎮座しております。
御真殿や洗心の滝など、見所もあり、じっくり回るには結構時間が掛かります。
赤く巨大な天狗の高下駄も圧巻でした。
それにしても、確かに天狗も出そうな雰囲気でした。
せっかくなので、奥の院まで足を延ばしてみました。
350段の階段を上ります。
ようやく着いた先に、小さなお堂がありました。
お参りして、山を下ります。
下りは足に負担も大きいので辛いです。
ようやく三門まで下りて、バス乗り場へ。
6時20分のバスに丁度乗れました。
再び大雄山線に乗り、ういろう駅前店に預けた荷物を引き取り、新宿までの帰り道中、汁さんの大暴走。
17時22分初の特急「メトロはこね」の指定券を購入して仕舞いました。
それも表参道駅まで。
車輛は勿論「蒼きロマンスカー」60000系MSE車です。
車内の豪華さに汁さんも満足。
まあ、60000系に乗ってみたかっただけなんですが。
ただ、表参道から新宿に出るのには多少、苦労しましたが。
しかし、有料特急列車が地下鉄を走ると云うのは全国的に見ても珍しいです。
新宿駅直結の駅ビルでイタリアンな夕食を頂いて解散。
青梅特快に乗る奈々ちゃんを中野まで見送って、代々木のバスターミナルへ。
なんか、某浅島さんから電話があって、電池がヤバくなりましたがww
それでも、無事に22時30分発の青春エコドリームの1番B席に乗車。
充実した2日間の全工程を終了しました。
京都には6時前に到着。
急ぎ汁パレスに帰り、シャワー浴びて出社準備。
今日はISO9000の審査の日。
その上、派遣事業報告書も労働局に提出せねばならない為、とんでもなく忙しい。
そして、今はまだ、事務所にいてます。
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