mixiユーザー(id:1512719)

2012年07月23日01:09

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運命共同体。

最近、運命共同体であるかどうかをよく考える。

自分のパートナーは運命共同体である可能性が高い。

当然、見ず知らずの通りすがりとは、共同体になりたくないと思う。




運命を共にするとは、どの程度の事を指すか?

私は、最低ラインは、お金というものに枠がないというラインのような気がする。

自分が金持ちなら、その資産を分け与えても良いと思える関係。

貧乏なら、一緒に苦を乗り越える覚悟がある関係。

病気になって死にそうならば、その費用を出してあげられるという関係だ。




最高に運命共同体である状態は命すら預けられる関係だと思う。

お国の為にとかは、まさにこの運命共同体。

彼女の為なら死ねる。

娘が病気で死にそうな時、変われるモノなら変わってやりたい。

そういうのも、同じだ。




現代社会は、運命共同体を嫌って、進歩してきた。

自分の自由にしたい、干渉されたくない。

そんな個人の気持ちが優先されている時代だ。

先日も、おひとり様で書いたが、集団から個への進化が甚だしい。




そして、そういう思想の人間は、誰かの為にとか

犠牲になるという事が、嫌いな人が多い。





本当の親友から、多少の迷惑をかけられても、それに怒りをぶつける人はあまりいない。

ちゃんと、コミュニケーションがとれるし、何より、人間を理解しているからだろう。



そんな事は絶対にありえないが、もし、世界中の全員が親友と呼べる程の人間関係になれば、世界から殺し合いや戦争は無くなると思う。



基本的には、良く知らない奴が死んでも、悲しくもなんともないのが人間だ。

悲惨な話を聞いたり、写真や動画を見たりするといたたまれない気持ちにはなるが、自分の親友や肉親が死んだ時とは全く違う。

自分に近しい人間であればある程に、悲しい。




どうして、他人を警戒し、仲良くできないのだろうか?

その理由には、かなり動物的な、奥深い理由がありそうだ。




どうあれ、個人主義に走り、人の為に尽くせない人種が増えると、人類は滅亡の方向に進む気がしてならない。

あえて、自然の人口調節のスタビライザー機能が、人口を減少させるように働いているのだろう。




成長方向に進むものを見るのは楽しいが、衰退方向に進むものを見るのは、どうも気が滅入ってゲンナリする。



命を預けてもいい運命共同体と呼べる家族、仲間が多い人というのが羨ましい。

私は、そこまでの関係の人間は、数名。

その手前のレベルで、10名程度しかいない。



実の子供には命を懸けられるが、親友となると、なかなか難しい。

人間の器というのは、このあたりの差なんだろなと思う。




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