ネットなんかで、掲示板とかみたいなのを見てると
アンチ派が過激な書き込みをしてる事が多い。
・タバコを吸う人に人権はないと思っている人。
・刺青を入れた人が公共の場に現れるのが嫌な人。
・ヤンキーなどの派手好きで馬鹿そうな人種が死ぬほど嫌いな人。
・専門的な知識のない人間が嫌いで、馬鹿にしたい人。
・自分が常識人である事を、まるで水戸光圀の印籠のようにかざしたい人。
・暴走族、ギャング、暴力団、街宣右翼などの集団を、これでもかというくらい馬鹿にしたい人。
私もわざわざそんな書き込みを読まなければいいのだが、偶然、なんかの検索に引っかかると
読んでしまう時がある。
掲示板にいくら書き込んでも、それで何かが変わる事はまずない。
陰に隠れて、守られた場所で偉そうな事を言う事に何の意味があるのか分からない。
自己のストレス発散という事が、この世の中で一番大事なのだろうかな?
なんにせよ、アンチってものはロクな事が起こらない。
正直な意見はいいとして、悪意のある悪口は良い方向に進まない。
私はあまりアンチはないが、強いて言うなら
チャン軍足は( ´Д`)キモッ って思う。
でも、これを奴のファンが聞いたら、私のことをよく思わないだろう。
キモいはキモいで仕方がない。
好きは好きで仕方がない。
その結果、多少、どちらかに迷惑がかかるとしてもいいじゃないか?と思う。
日本人の良いところで
”他人に、迷惑をかける事は、してはいけない”
と、いう道徳がある。
これを、自分自身が心がけるのは、非常にいい事だと思うが
それができない人間に対して、異常なまでに怒るのは、どうかと思う。
それによって、良い結果がうまれる事がないから。
空港などで、中国人が隣に座り、大きな声で携帯で電話したり、背もたれに何度もガンガンと背中をおしつけ、そのため椅子がそのたび揺れたりするような事が多々ある。
最初、私はイラついていたが、最近では、そこから立ち去るようにしている。
注意をしても文化の違いは如何ともし難いし、注意して良い結果が得られるとは思えない。
私が一生涯を通じた友達にしたいと思い、その議論を決着がつくまでとことん向き合うつもりがあるのなら、たぶん、私は注意する。
悪いことをしている人を注意するという行為は、それだけでは自己満足の世界でしかない。
相手の事を考え、そしてその結果を最後まで議論できる場合にのみ、正義があると思う。
私も昔は、自分が、他人に迷惑をかけないように努力しているのだから、皆が努力するのは当然だと思っていた。
しかし最近は、その思想は間違ってないが、だからといって、できない人間を忌み嫌ったり
異常なまでの怒りを覚えるのは、低レベルな人間ではないか?
と、思うようになってきた。
やはり、アンチはできるだけ、減らした方が良いように思う。
当然、原発のように、あからさまなケースの場合は戦わないと何も変わらないケースもある。
アンチをするという事は、戦争になってもよい、または皆殺しされても良いという、心づもりがないとするべきではないと思う。
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